2、消えぬ思い(5)
土曜日の昼下がりのコロンブス。今日もホールでハンバーグマスター恵が活躍していた。
しかし折角の土曜日だが、今日の恵は少し元気が無かった。
原因は昨夜陽一に言い過ぎてしまったからだ。
『よくわからないんだけど、お父さんお父さんて徳永君の言ってる事がわからない。なんだか子供みたい』
『お父さんなんて関係ないじゃん。まず褒められるよりも自分がどうかじゃん』
恵は決して悪気があったわけではないが、言い過ぎてしまったと思い、ずっと気になっていた。
休憩室で茜と恵はいつもの日課のごとく喋っていたが、今日は茜の独り舞台だった。
「あの後真君にメルアド教えてあげたんだ。そしたら無事に着いたかって心配のメールしてきてくれて。ほら見て」
茜は恵に真からのメールを見せた
「本当だあ」恵は真の意外な一面を見た。
「ねっ。ああみえて優しいとこあるんだなって。それでちょっとだけ電話したの。そしたら今度横浜で会おうって話になって・・・んっ?恵元気ないね」
「ちょっとね・・・徳永君に言い過ぎた・・・」
「ああ陽一君ね。そう言えば真君が言ってたよ。去年の5月に親が両方とも亡くなって、今一人暮らしなんだって」
「えっ?」
「飛行機事故で亡くなったんだって。ロサンゼルスに行く途中に。可哀想にね」
恵はうつむいたまま顔が上げられなくなってしまった。
「恵?大丈夫?」
恵はバイトを終え、薄暗くなった情緒ある古い鎌倉の町並みを歩いていた。
そしてずっと考えていた。
自分の為だけにやるなんてキレイ事だ。
私だって『ハンバーグマスター』なんて呼ばれても、店長が褒めてくれるから髪の毛に肉の匂いがついても毎日頑張ってハンバーグを焼いている。
そうだ思い出した。
高校に合格した時、お父さんとお母さんが褒めてくれた。
大した学校じゃないのに泣いて喜んでくれた。
嬉しかった・・・。
頑張ろうと思った・・・。
私は子供の頃から今までいろんな人に褒めてもらい、いろんな人に認めてもらい、頑張ることが出来た。
なのに私は自分の事だけ棚に上げて、徳永君にあんな事を言ってしまった・・・。
恵が落ちこみながら歩いていると、後ろの方から自転車に乗った淳紀が「ねえちゃん!」
と叫んでやってきた。
「じゅん・・・」恵は途切れそうな『か細い声』をだした。
淳紀は恵の前でキキキッとブレーキをかけて止まり「ねえちゃん!わかったよ!徳永さんが何者か!」と言った。
「えっ?」
「あのひと神様だよ!」
「神様?」
「鎌倉リトルを世界一に導いた伝説のエース徳永さんだよ」
「世界一?伝説のエース?」
「そうだよ。4年前に鎌倉リトルが世界大会で優勝したんだけど、その時のエースが徳永さんなんだよ。間違いないよ。元鎌倉リトルの友達からその時の記事を貰ってきたんだ。ほら見てよ」
淳紀は恵にその時の記事を見せた。
その記事には『鎌倉リトル世界大会優勝』と見出しが書いてあり、陽一だけでなく、真の名前も載っていた。
さらにその記事の中には、恵が夢の中で一緒に遊んでいた少年の姿があった。
小6で少し大きくなっているが、間違いなく夢の中で出会った少年だった。
恵は写真を指差し「この子は?・・・」と言うと、淳紀が「その人が徳永さんだよ」と言った。
恵はボーゼンと立ちすくんだ。
「何で徳永君が私の夢の中に・・・」
「ねえちゃん何言ってるの?」
やがて恵は正気を取り戻したかのように走り出した。
「ねえちゃん!ねえちゃん!」
あの子は徳永君の子供の頃だったんだ。
徳永君は子供の頃、誰かに助けを求めていたんだ・・・。
私は何もわかってない・・・。
今自分の居る環境だけで、言ってるだけなんだ。
私は徳永君程苦しい練習をしてきた訳じゃないし、徳永君程親の期待を背負って生きてきたわけじゃない。
そして徳永君程つらい別れがあったわけじゃない。
子供の頃書道を習いたいと言えば習わせてくれて、そろばんをやりたいと言えばやらせてもらえて、なのに全部途中で辞めてしまっている。
お父さんもお母さんも、私に何かを強要した事なんて一度もなかった。
そして今私には家族がいて、そして家に帰れば温かいご飯があって・・・。
私は幸せすぎるんだ。
恵まれすぎて、徳永君の苦しみなんて何一つわかってないんだ。
ごめん徳永君・・・。
その夜、恵は父の部屋のパソコンでインターネットを開いた。
グーグルの検索ワードは『アジア航空 事故』だった。
『5月2日成田発ロサンゼルス行きのアジア航空144便は、ロサンゼルス空港へ着陸する際に、突然左エンジンから炎を噴出した為、機体がバランスを失い大きく斜め右に傾き墜落炎上した。乗客の大半が日本人で乗員乗客288人はほぼ絶望と見られる。この為政府は本日航空機事故対策本部を設け、死者の身元確認を行う事となった。』
別のページでは死者の名前が載っていた。
そこには『徳永一郎』『徳永みづき』二人の徳永という名前が載っていた。
恵はその画面を見ながら涙を流した。
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