2、消えぬ思い(7)

(c) ヨロズナ |写真素材 PIXTA
少しずつ横須賀港は日が落ちてきて、あたりは薄暗くなってきた。
灯台や向こう岸の建物の明かりがチカリチカリと灯される。
陽一と恵は黙ってその海を見つめ、時折遠くから聞える貨物船の汽笛にそっと耳を傾けた。
それはいつものように、会話が続かない事にストレスを感じるなのではなく、あえて二人がこの空間にしているかのようだった。
「ねえ・・・ごめんね」恵はふと言いたかった事を言い出した。
「何が?」
「私、徳永君の事何も知らないで、あんな事言って」
「あんな事って?」
「ほら・・・お父さんなんて関係ないじゃんって。子供っぽいって」
「いいよ別に。その通りだから」
「ご両親とも飛行機事故で亡くなったんでしょ?」
陽一は黙って薄暗い港を見つめた。
「ごめんなさい。私、そんな事も知らないで・・・」
陽一は言葉を詰まらせそうになりながら話し出した。
「死体・・・全部見つからなかったんだ・・・」
「えっ?」
「機体が爆発して体がバラバラに吹っ飛んでさ・・・残ったのが手だけだったんだ・・・結婚指輪でわかったんだよ・・・この手が二人の死体だって・・・」
恵はじっと陽一を見つめた。
「今迄俺は、親父の為に生きていた。親父に褒めてもらいたくて・・・親父に認めてもらいたくて・・・だから親父の言う通りに生きてきた。でも親父が死んで初めて自分の生きる意味を考えさせられた。そして山野のおかげでその答えがなんとなくわかった・・・」
「そんな・・、あんな事言ったって、私も本当は誰かに褒めてもらいたくて頑張ってるんだ・・・自分の考えなんて本当は何もないんだ・・・」
陽一は、しばらく海を見つめて、そして何もかも心の整理がついたように恵に話し出した。
「あの後考えたんだ。俺、一体何がしたいのかなって、いろいろ紙に書いてさ。そして一つ一つ塗りつぶしていった。そしたら最後に残ったのは野球だった・・・結局俺には野球しかなかった・・・だからもう一度野球をやってみる」
「じゃあ仙台学園辞めたの、もったいなかったね・・・」
「いや、あのまま何の目的もなく続けていたら俺は駄目だったと思う。この1年間ずっと考えていたんだ。自分は何なんだって。でも初めてわかった。俺の体には野球っていう血が流れている事が」
「野球っていう血?」
「ああ。野球をしていない自分は生きてはいない。血が流れていないんだよ。だから野球同好会でも何でもかまわない。甲子園は難しいとは思うけど、だけど本当に好きな事、やりたい事をやりたいんだ」
恵は陽一の熱い思いに、心地よい気持ちで耳を傾けていた。
「実は俺さ、子供の頃港南学院のファンだったんだよ」
「ウチの学校?」
「ああ。俺が小3の頃港南学院が甲子園で春夏連覇したんだよ。憧れのチームだったよ。親父は俺が小学校の頃から仙台学園と決めてたんだけど、本当は港南でプレーしたかった。港南のユニフォームを着たかったんだ。だから無意識のうちにこの学校に編入したんだと思う」
すると恵は笑って「そうだ!お父さんに代わって、私が褒めてあげるよ!」と言った。
「はあ?山野が?いいよ別に」
「なんで?いいじゃん褒めてあげるよ」
「いいよ。やめろよ」陽一は照れくさそうに言った。
その夜、恵はまた夢を見た。
あの美しい野球少年は、小学校6年生になっていた。
そして少年の背丈は、既に恵を追い抜いていた。
「おねえちゃん。見てよ世界大会優勝だよ」と言って金メダルを恵に見せた。
「凄いじゃん!」
「でもお父さんは褒めてくれないんだよ・・・そんなもんプロに入るまでの一つの出来事だってさ・・・」少年は、寂しそうに言った。
すると恵は、少年の帽子を取って、頭をクシャクシャと撫でた。
「大丈夫!私が褒めてあげる!」
少年は少し照れながら「ありがとう。俺頑張るよ。じゃあね」と言って、少年は走り去ろうとした。
恵は「徳永君でしょ?徳永陽一君なんでしょ?」と少年に聞くと、少年は笑いながら「そうだよ」と言い、走り去っていった。
去りぎわに見た少年の後姿は、どんどんと大きくなり、今の陽一の背丈に変わっていった。
そして甲子園の大歓声の中、背番号8を付けた陽一は、その大歓声に応えるよう左手を高々とあげながら、ベース上をゆっくりと回っていた。
高々と上げた左手には、8の数字が刺繍されたリストバンドがつけてあった。
「恵・・・俺、頑張るよ・・・」
これを最後に恵は野球少年の夢を見なくなった。
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