4、交わした約束(4)
真の家は川崎にある。
前述でも申し上げた通り妹と二人暮らしである。
妹は理子と言い、真の妹とは思えないほど色白で、きゃしゃな体をしている。
そして義理の母から受けたイジメにより、少し内向的な性格になってしまった。
決してキレイとは言えない築25年の2DKアパートに二人は住み、家賃は8万円。
これは真が負担しているわけでなく、単身赴任で大阪にいる父親が負担している。
その他生活費として10万円が父親から毎月振込まれる。
しかし理子を塾に入れているため、毎月3万円は飛んでしまう。
義母は最低限しかお金を払わないという条件を出している為、しかたなく理子の塾代は真のアルバイト代でまかなっている。
真の部屋は、かつてのリトルリーグ時代の栄冠であるトロフィーや記念写真が、わんさかと並べられてあった。
真は部屋のベッドをいっぱいに使って寝転び、天井を見つめていた。
そしてふと思い出したように起き上がり、机の引き出しを開けた。
そこには3年前に陽一から送られた手紙があった。
『真、元気か?俺は今、鎌倉シニアでプレーしている。変わった事といえばポジションがピッチャーからショートに変わった。大変だけどやりがいのあるポジションだ。真はどうしているの?中学でも野球やっているのか?まだキャッチャーやっているのか?一度バッティングセンターで勝負してみたいなあ。ところで俺、港南学院に行けないかもしれない。お父さんが仙台学園と決めているんだ。一緒に野球やりたいなあ。でも仙台まで来れないよな?仕方がないからプロで一緒になろうか?それじゃあ元気で 陽一より』
真はこの手紙の返事を書かなかった。
この頃既に真の家庭は、崩壊に向かっていたのだ。
真は幼き日々を思い出し涙ぐんだ。
そうだった。あの頃は楽しかった。無我夢中で野球をやっていた。
それからの4年間、真は大人の汚さという洗礼を散々に浴びてきた。
そして完全にグレてしまった。
中学では野球こそ続けていたものの、大して練習もせずに無免許でオートバイを乗り回し、そして補導されて・・・。
タバコが見つかっては親を学校に呼び出されて、そしてケンカにあけくれて・・・。
「陽一・・・今の俺はお前の思っているような奴じゃない」真はそう呟いて下を向いた。
すると扉をノックする音がした。真の妹の理子だった。
「おにい晩御飯どうする」
「・・・まかせるよ」
「そう言われるの一番疲れんだよね」と言って理子は扉を締めた。
遠山兄妹の今日の晩御飯は、肉じゃがと真が勤める居酒屋の残りで持ち帰ってきた焼き鳥となった。
早いものでほんの一年前は真が料理を作っていたが、理子も自然と自分で食事を作るようになった。
台所のある部屋にポツンと置いたテーブルの上で、ブラウン管のテレビに映る夕方の番組を見ながら二人は食事をした。
「おにい最近元気ないね」
「そうか。普通だよ」
「ならいいけど」
真はあっと言う間に食べ終わり、自分の食器を台所へ持っていくと「理子ちょっと出掛けてくる」と言って家を出た。
行き先はこの間茜と訪れた、古びたバッティングセンターだった。
真はあれ以来、何故か打撃練習が日課となってしまったのだ。
そして硬式専用の130キロボックスでカキーンと大きな音をさせて、今日もネット越しの川崎の夜空へむかって打球を放っていた。
あまりにものパワーで最近はギャラリーが出来つつある。
20球の打ち込みを終えた真は「やっぱ硬式は打球が違うなあ・・・。当たれば気持ちがいい・・・」と呟いた。
すると後ろから「おにい」と声がした。
「うわ!理子!」
「いいから続けて」と理子は笑って言った。
真はちょっとハニカミながら、その後もバッティング練習を続け、ついつい100球も打ち込んでしまった。
バッティング練習が終ると、理子はスポーツドリンクを買って持ってきた。
「おお、サンキュ」
「おにいは普段馬鹿だけど、野球やってる時は本当かっこいいね」
「なんだよ急に」
「でも、おにいが野球していると、かっこいいんだけどちょっと怖いんだ。近寄りがたい人って感じ。兄妹なのになんか別人みたい」
「そうか?普通にやってるぞ」
「昔おにいの友達で陽一君っていたでしょ。陽一君よく言ってたよ。真より俺の方がとぶんだけど、何かが違うって。あいつが打席に立つと何かをしてくれそうな気がするって」
真は陽一の事を思い出し、黙り込んでしまった。
「やっぱり4番は真なんだって」そう言って理子は微笑んだ。
「理子帰ろうか」真はそう言って、理子を連れて帰路へとついた。
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