4、交わした約束(6)
その晩野球部の部室では激論が交わされていた。議題は『遠山の獲得』だった。
口火を切ったのは司だった。その司のアイデアは『金で獲得』だった。
内容は、野球部の部費で架空の買い物をして、スポーツ店に空の領収書を発行してもらう。
そして浮いた金を真に与えるというアイデアだった。
しかしこれには全員からブーイングが起こり却下された。
修二と慎太郎のアイデアは『土下座してお願いする』だった。
しかし文麿から「芸が無さ過ぎる」という意見が出てこれも却下された。
宮城は『グランド整備無しの特別待遇』というこれまたセンスの無い案で却下。
そんなこんなで夜8時だ。
主将の速見は・・・実は練習が終ると、すぐに帰ってしまったのだ。
いやそれが正解だろう。
人の進む道はその人が決める事で、はなっからこんな議論は成立しない。
陽一も仕方なしに付き合っていたが、「俺もう帰るよ。そんなもん真が入部したけりゃするだろうしさ」と半分呆れて帰ってしまった。
そして部室を出た陽一は、恵にメールをした『今練習終った。一緒に帰ろう』と。
バイトを終えた恵も返信した。恵は『汐入駅まで来て』と打った。
そして恵は陽一が来るまでの時間、Ipodで大好きなレミオロメンの曲を聴いていた。
この一ヶ月で野球部は大きく進展したが、恵と陽一も大きく進展した。
だけど今、陽一の事が好きかと訪ねられると、恵は困ってしまう。
陽一の事がたまに分からなくなる時があるからだ。
この間のように突然いなくなって心配して探したら、スポーツショップで野球用品選びをしていたり、急に由比ガ浜に行こうと言い出して、あやしいハンバーガーショップに連れていったり、そして急に山野と話しがしたいと言ったり・・・。
挙句の果てに真とのわけのわからない約束の話・・・。
とにかくいつも言動が突然で、複雑で、恵には陽一を理解出来ないのだ。
だが恵は、陽一のがむしゃらなところが大好きだ。
そして恵自身は、いつも人の事を気にして何かと躊躇する事が多いが、陽一はその点思い切りがいいのである。
その自分に持ち合わせていない物を持つ陽一が、時々魅力的に見えてくるのだ。
徳永君は私の事をどう思っているのだろう。
そして私も徳永君の事をどう思っているのだろう・・・わからない・・・全然見えない・・・
それに由香子の気持ちもあるし・・・
「俺には野球の血が流れている」といったくさいセリフ・・・好き。
ぶっきらぼうだけど、時折見せる熱い気持ち・・・好き。
そして陽一からたまにくるメール・・・嬉しい。
恵はそんな気持ちを秘めながら、汐入駅前で陽一を待っていた。
真は、今夜も日課となっているバッティング練習に励んでいた。
茜は後ろから見守るような気持ちで、ずっと真の練習を見ていた。
1年半のブランクは少しずつ解消されつつある。
もともと真にも陽一と同じように野球という血が流れているのだ。
だが、今日の真はいつもと様子が違い、ボールを打とうとせずにバットを構えたままの姿でひたすらボールを見つめるのだ。
「真君、打ちなよ。もったいないじゃん」と茜が後ろから言うが、真はそんな茜の言葉すら耳に入れず、ひたすらじっとボールを見つづけた。
そしてあっというまに20球が終ってしまった。
「あーあ終っちゃった・・・」と茜が呟くと、真は笑みを浮かべた。
「よし!見えた」真は軽くガッツポーズをした。
「何が見えたの?おばけ?」茜は100円球を無駄にした真に、嫌味っぽく言った。
真はバットを置き、大きな体を少し屈めてながらネットをくぐり、ボックスから出てきた。
そして茜に「ボールの縫い目が見えた」と満足気に言った。
「縫い目?そんなの見えるの?」
「見えるんだ。縫い目が見えるとボールの回転の仕方がわかる。すると叩くポイントがわかる」
茜は真の言ってる事がさっぱりわからないが、真は野球が好きでたまらないと言う事がよくわかった。
「ねえ、陽一君と野球しなよ。野球好きなんでしょ。私にできる事があれば言って」
「別に陽一と一緒じゃなくても野球はできるよ。草野球だってあるしさ」真は茜から渡されたフェイスタオルで顔を拭った。
「いいよ、おにい、野球しなよ」突然二人の背後から少女が語りかけた。
理子だった。
「理子!」真はビックリした。
「えっ?真君の妹?」茜もびっくりしてしまった。まさかこんな所で初対面とは。
「おにい、私塾辞めるよ。勉強は家でも頑張れるし。もうご飯だって作れるし」
「辞めるなよ。俺にかまうな」
「お父さんの仕送りだけでなんとかしようよ」
「出来っこねえって」
すると理子は、B4サイズの折りたたんだ紙を、真に手渡した。
「なんだよこれ?」と言って、真はそのB4サイズの紙を開いた。
それは1ヶ月の献立表だった。
理子はにっこり笑って「調べたんだ。スーパー回ったりして。そしたら5万円で一ヶ月の食費が出るんだ。余ったお金で服だって買えるし。大体おにい、お金使いすぎだよ」
やられた・・・理子の言う通りだった。所詮真は男で、この手の金銭感覚に弱かった。
「おにい。好きな事やってよ。私も好きな事やるから。だからもっと楽しく生きようよ」
「理子・・・」
「私がいる事で、おにいが好きな事が出来ないなら、私我慢して蒲田に帰るよ」
「すまん・・・理子」真は泣きそうになりながら、声を震わしながら答えた。
茜は嬉しい反面ちょっと悲しくなった。
この二人の兄妹に入れない自分がいるからだ。
だけど、それは時間が解決してくれる。
だから頑張ろう。
今は何も考えずに、真の事を応援しようと茜は思った。
誰からも恐れられる真だが、内に秘めた優しさというものを、茜は知っている。
茜は今の真にとって、数少ない理解者だった。