7、監督招聘(1)
野球部に良い知らせが舞い込んだ。
昨日の野球部の活躍に感化されたのか、また新入部員が入ってきた。
中学まで野球を続け、高校になると辞めてしまう者は結構多い。
しかし体育会系の人間というものは、一度スポーツから離れてもやはりスポーツ好きは変わらない。
高校に入学して2ヶ月間帰宅部をした末に、結局戻ってくる者もいるのである。
新入部員は4名。すべて1年生である。これで部員は13名に膨れ上がった。
しかし今日の野球部はなんとなく雰囲気が重苦しかった。
昨日の後味の悪い勝利が原因である。
練習も早々に切り上げ、反省会としてのミーティングを行う事となった。
「まずは一試合終了して、初勝利を収めた。だけど昨日の一戦は後味が悪い。結局小林に完全に押さえ込まれたんだ」陽一は珍しく雄弁を振るった。
陽一はいつも速見に気をつかっていた。
しかし今日は珍しく、ミーティングで速見に遠慮せずに自分の意思を述べた。
「みんなに聞きたいんだけど、今後このチームはどうあるべきだろうか?小林を打てる程になりたいのか?それとも現状のまま楽しく野球をやるか?」
「そりゃあ打ちたいけどよ。だけど打てねえよあんな球」文麿が口火を切った。
文麿は態度が悪いが、彼の良いところはこのような場で、真っ先に発言するのだ。
ミーティングはいつも文麿の一言から始まり、そして次々と意見が出された。
「打てないじゃなくて、打てるようになりたいかどうかだ」陽一が文麿に言うと「・・・・そりゃあ打ちてえよ」と言って文麿は口を尖らせた。
修二は「打ちたいです。勝ちたいです」と本当に分かりやすく言った。
「そりゃ武南に勝てれば最高だよ」宮城も珍しく意見した。
すると目をつぶって考え事をしていた真が口を開いた「陽一、何が目的でそんな事聞くんだよ?そりゃ誰だって負けるより勝ちたいさ。問題は今お前が何の目的でそんな事聞いてるかだよ」
真は的を得ていた。誰だって勝ちたい。負けたいなんていう人間はいない。
しばらくシーンと静まると、その沈黙を割るように速見が喋りだした。
「徳永、お前の気持ちが固まったって事だな。本格的に甲子園を目指すという事だな」
「はい」
甲子園という言葉に、一同ざわついた。
そして速見は「つまり甲子園を目指すって事は今までよりもハードで緻密な練習が必要になってくる。そして監督も必要だ。それに対してみんなは耐えられるか?って事だろ」と全員が理解しやすいように言った。
陽一は「そうです」と言ってうなずいて、さらに「俺は小林を攻略出来れば甲子園に行けると思っている」と言った。
そしてまた沈黙が続いた。
「わかった・・・甲子園目指してみるか」そう言ったのは真だった。
速見も「俺もそれでいい。もともと3名しかいなかったのを影で引っ張ってきたのはお前だ。お前は試合したいという俺の夢を叶えてくれた。次は俺がお前の夢をかなえる番だ」といかにも速見らしい発言をした。
全員賛成だった。そして港南学院野球部の新たな目標は甲子園出場となった。
全員の賛成を確認した陽一は、入り口の方に向かって「司!」と呼んだ。
ガチャッと扉が開くと、司が「えへへ」と笑いながら入ってきた。両手でノートパソコンとプロジェクターを持っていた。
「司の意見を聞いて欲しいんだ」陽一がそう言うと、何を始めるのかと周りがざわつきだした。司は慣れた手つきで、プロジェクターとノートパソコンの準備を終えると、明かりを消した。
壁に映されたパワーポイントの題名は『甲子園までのプログラム』だった。
司は軽く咳払いをして、プレゼンをはじめた。
「まずウチのチームの戦力分析からします。このグラフの通りウチの打撃力は徳永君、遠山君の二人の主砲がいて、これは高校野球のレベルでは全国トップクラスです」
おおっ!と、どよめきがあがった
「ところがこの二人の長打力を有効に使えていません。何故なら1、2番が足をからめて相手投手を揺さぶっていないからです」
「原!ちょっとまて。おれ盗塁決めただろ!」と文麿が司に反論した。
「盗塁をする事が、相手を揺さぶっているとは言えません。走ると見せかけて、相手投手の集中力を散らす事が揺さぶりというのです。それに昨日の一ノ瀬君の盗塁は1回ノーアウト一塁で、いきなり初球スチールです。相手が一ノ瀬君の足の速さを知らなかったからセーフだったのですが、今度武南戦で同じ事やれば、アウトになります」
文麿はふて腐れた「なんでこんな奴に上から目線で・・・」
「では次に昨日の小林の投球です。フォームにまったくぶれがありません。しかし次、セットポジションからのフォームを見てください。小林の下半身の軸が少しぶれてきます。つまり小林の弱点はランナーを背負った時なのです。ご覧の通りコントロールが少し狂ってきています」
部員は興味深く画面を見つめた。
「この時に足をもっと絡めて揺さぶればいいのです」
「あの原さん、でも塁に出るのが大変なんです。あんな球打てないですよ」今度は修二が言いだした。
すると司は「わかりました。次の画面を見てください」と言って画面を切り替えた。
「小林の配球はストレート60%カーブ17%スライダー23%。昨日修二君は小林のどの球を打とうと思ってボックスに立ちましたか?」
「それは・・・全部打ってやろうと・・・」
「それは無理です。イチローでもそんな事できません。バッティングというのは、どの球を打つか狙いを絞らないといけません。だけど小林の場合スライダーに絞ってはいけません。彼のスライダーは絶対に打てませんから。キレすぎて全く見えないのです。徳永君、違うかな?」
陽一は「その通りだよ」と言った。
「じゃあ何を打つか。遠山君はカーブに絞るのが良くて、徳永君はストレートに絞るのがベター。」
真は「簡単に言うなよ、絞るって言っても、どのタイミングでカーブが来るんだよ」と司に反論した。
「はい。キャッチャーの早乙女のクセは、初球に相手が嫌がるコースに、嫌がる球種で配球してきます。つまり遠山君は内角高めのストレート。徳永君はアウトローの変化球。小林はこの二人の弱点を覚えていたんです。そしてカウントを有利にする為、今度はいきなり不意をついて逆球を投げてきます。徳永君にはボールになるインハイのストレートでファールにして、最後はスライダーでズバッと。遠山君は逆。アウトローのカーブでファールにさせて、インハイで打ち取る。要はこの逆球を狙うのです。セットポジションからだとこの逆球のコントロールが少し落ちます。それこそがチャンスボールです」
真は司のような理屈っぽい人間は嫌いだが、反論できなかった。
「で・・・このプレゼンは小林対策の為じゃありません。このような緻密な野球をしないと、上位チームには勝てないという事を言いたいのです。その為に良い監督に来てもらおうと思っているのですがどうでしょう?」
「誰だよ監督って。俺うぜえ奴はやだぞ」と文麿はまた文句を言った。
すると陽一が「実は一人候補がいるんだよ。真、俺と一緒に今から来てくれないか」
「何?今からだと、何処行くんだよ」
「鎌倉」陽一はそう言って、出発の準備を始めた。
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