フォーエバー・フレンズ -347ページ目

7、監督招聘(2)

陽一と真は横須賀線に乗って、鎌倉へと移動していた。

「陽一、俺は原が嫌いだ」真はいきなり司への不満を漏らした。

「何でだよ」

「野球が下手くそな癖して、屁理屈ばかりたれやがってさ。あんなもん作ってる暇があったら練習しろって言ってやりてえ」

陽一は「そう言うなよ。あいつの理論は絶対武器になるって」と言って真をなだめた。

「言っとくけど、お前の顔があるから黙ってるだけだぞ。そうじゃなきゃあんな奴のいう事は絶対に聞かねえよ」

これは陽一と真の野球観の違いであった。

陽一は野球に関して完璧主義でドライな一面があるが、真はチームワークと人情を重んじる一面がある為、理屈が嫌いだった。

しかしこの二人の野球観の違いは、昔からいつもいいように組み合わさる。

何故ならお互いが尊重しあうからである。
写真素材 PIXTA
(c) さんでーさいれんす写真素材 PIXTA


もう夜の7時だ。古屋監督は帰ろうと思っていた。
ここは鎌倉市街のビルの、100㎡程の一室で、この部屋で働く従業員数は5名である。『セントラルコーポレーション』という会社は鎌倉市外に5店舗の飲食店を展開する会社で、この会社の代表取締役は古屋監督だった。
古屋監督はプロ野球選手時代の貯蓄をもとにこの事業を始めた。
昨今の不況の影響もあり、決して大儲けとはいかないが、生活には全く支障はない。
古屋監督はこの事業とリトルリーグの監督を兼任し、この鎌倉の町で変化の無い平和な毎日を送っていた。

事務所の扉が突然開いた。

古屋監督は宅急便にしては遅すぎると思い、入り口扉の方に目をやると、そこに陽一と真が立っていた。

「お前ら・・・」

「へへへ。こんばんは」二人は照れくさそうに笑った。


事務所の時計の針は7時半になっていた。

古屋監督の吐いたタバコの煙が、応接エリアにわずかながらのモヤを出す。 写真素材 PIXTA
(c) 赤城 一人写真素材 PIXTA

禁煙中の真にとって、この煙は少しつらかった。

「監督ねえ・・・またお前ら無茶言うなあ」

「無理なお願いは分かっています。そこをなんとか・・・」陽一と真が再度頭を下げた。

すると古屋監督は笑い出した。

「お前ら本当に突っ走るなあ。部長も自分達で探してきて初試合して、今度は甲子園か。やりたいのは山々だが、俺にも事情ってのがある。まず土日は鎌倉リトルの監督をやっている。そして平日はこの会社だ。やる事はいろいろある。金が足らない時は銀行に融資のお願いもしに行くし、従業員の給与の支払もして、売上や仕入れ値のチェックもするし・・・」

今度は真が切り出した「俺は監督以外の監督は嫌だ。空いた時間でもいいから。例えば3時~5時とか」

「そんなパートじゃないんだから・・・・困ったなあ・・・」古屋監督はそう言ってスケジュール帳を見直した。

「お願いします!」「頼む監督!」二人はまた頭を下げた。

古屋監督はため息をついた「それじゃあ・・・わかった。やってみるか」

「本当ですか?」二人は顔をあげた。

「但し条件がある。俺だって忙しい時間を無理矢理削ってやるんだから、中途半端にはやりたくない。やるなら勝つ事前提でやる。だからお前らが甲子園に行ける力が無いと判断したら、それで終わりとさせてもらうが、それでいいか?」

「十分だ。自信がある」と真は言った

「有難う御座います」陽一も真に続いてそう言った。

「これも神様が与えてくれた試練だろ。さてさて、どんなシナリオが待っているのか」

そう言って古屋監督は苦笑いをした。


翌日港南学院のグラウンドで激しくノックをする古屋監督がいた。
古屋監督はまさか港南学院のレベルがここまで高いとは思わなかったのだ。
この間試合を見た時は荒削りな所があるなあと思っていたのだが、いざ自分がノックバットを振ってみると、そのレベルの高さを実感した。
「今彼らに足らないのは戦術と経験だけだ。それで荒削りな野球になっている。戦術面をしっかりと訓練すれば、甲子園でも勝てる」古屋監督は改めてそう思った。
普段紳士な彼も、一旦グラウンドへ降りると闘将へと変貌する。
「次センター!ランナー3塁だ!」古屋監督はそう叫んで陽一に向かってボールを打った。
そしてストップウォッチを取り出し、キャッチした瞬間からボールが帰ってくるまでの時間を計測した。
陽一はセンターフライをキャッチしてバックホームの返球をすると、ボールは物凄いレーザービームとなって飛んできた。
「2!3!4!5!遅い!陽一!その位置からならキャッチしてから5秒以内だ!次はショートと中継だランナー1塁3塁だ」
古屋監督の指示により、手の空いた選手はランナー役となり、全ての塁に待機している。
そして古屋監督はセンター後方へ大きなフライを打ち上げた。
陽一はキャッチして修二にボールを投げた。
そして中継を受け取った修二はすぐさまバックホームした。
すると古屋監督は「修二!何やっている!今一塁ランナー見てなかっただろ。今ので一塁ランナーセカンドに行くぞ!一塁ランナー役もどんどん走れ!ボーッとすんな!」と一喝した。
「次ライト慎太郎!ランナー1塁だ!」
古屋監督がライトゴロを打つと慎太郎は前進しキャッチした。
そして周囲を確認しながら、セカンドの司へ軽くボールを投げた。
その瞬間古屋監督のカミナリが落ちた。
「慎太郎!お嬢さんのように投げるな!今のようなプレーをしたらランナーは3塁にいってしまうぞ!ランナー役ももっと走れ。練習は何回アウトになってもいいんだ!もっともっとかき回せ!」
厳しい言い方だが、恐ろしく的確だ。
古屋式ノックは常にランナーを配置してノックを行うのだ。
ただ単にゴロをキャッチするだけでは意味が無いというのが彼の持論である。

ダミー走者だらけの緊張感の中の守備練習が最も実戦的である。

それに自分がランナー役の時に、敵のスキをつく走塁感覚を養うことも出来るのだ。

よく熱血教師のやる100本ノックなんて、やっても実戦では何の役にも立たないと古屋監督は思っている。

しかしもう時間は夕方6時だ。一度野球を始めると古屋監督は止まらない。

古屋監督の仕事は本当に大丈夫なのだろうか。

7時になるとミーティングが始まった。

古屋監督は今日一日のおさらいをホワイトボードへ書き出した。

古屋監督は各自にノートを自費で買い与え、ミーティング内容をしっかりと記録しろと言い、それを帰りの電車の中でもいいから15分だけ復習する事を勧めた。

本当に素晴らしい指導方法であった。

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