8、予選大会に向けて(1)
6月も終盤に入り、もうすぐ夏がやってこようとしていた。
土曜日は隔週でアルバイトをする恵と茜だった。
恵は、相変わらずの手際のよさでハンバーグをカットし、たまにお客様からお褒めの言葉をもらう事もある。
そんな時「ああ、このバイトをやっていてよかった」と心から思うのだった。
確かに陽一ほどの派手さはないが、これもお客様の空腹の胃に感動をもたらす立派な仕事だ。
そんなある日、店長から金一封が出た。
なんとコロンブス横須賀店がお客様満足度全店1位に輝いたのだ。
そして各従業員に1万円ずつ配られた。
突然の臨時収入に二人は大喜びし、バイトを終えると二人はそのまま横浜へと出かけた。
茜は真の為に、男物の洋服を見ていた。
茜は「えへへ」と少し笑いながら、Tシャツを取り「これ真似合うかなあ」と言った。
恵はそんな茜の姿をみて「茜はいいなあ・・・」と思わず口にしてしまった。

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そして恵と茜の二人はマクドナルドへ入った。
店に入ると、恵は全て決心がついたように「茜、私ね・・・」と喋り出した。
すると茜は「陽一君の事が好きなんでしょ?」と言った。
「なんでわかったの?」
「だって恵わかりやすいもん」そう言うと茜はコーヒーに口をつけた。
「うん、そうなんだけど、徳永君は私の事どう思ってるのかなあ・・・」
「好きに決まってんじゃん」
「何でわかるの?」
「恵が鈍感なんだよ。大体好きでもない人と毎日一緒に帰る?好きだからいつも一緒に帰ろうってメールしてくるんじゃないの?」
「そっ・・・そうかなあ・・・」恵は少しうれしい気持ちになった。
そして恵が「やっぱり私から告白しなきゃ駄目なのかなあ?」と茜に聞くと、茜は「待っとけばいいよ。恵にそんな事させたら、告白する前に卒業式になってしまいそう」と言った。
まさしくその通りだった。
茜は恵の優柔不断な性格をよく理解していた。
「それより、その後の事考えた方がいいんじゃない?」
「その後のこと????」
「由香子ちゃんの件」茜がそう言うと、恵は急に表情が暗くなった「うん・・・私どうしたらいいのか・・・」
「もし恵が陽一君と付き合ったとしても、何も言わない方がいいよ。嘘つくのも優しさだと思うし」
今日は真と陽一は、土曜日なので自主練習をしていた。
予選会が近くなっているので本当はグラウンドを使いたいが、学校側から使用許可がでない。
10kmのロードワークと足腰の筋トレを行った。おかげで足や太ももがパンパンだ。
二人はグラウンドのベンチに寝転がって、太ももを氷で冷やしていた。
「なあ陽一」
「なんだよ」
「あの校長さあ、なんで俺たちの事嫌ってんのかな」
「わからない」陽一は校長の話に、興味を示さなかった。
「俺さ、もっと深い理由があると思うんだよ。ただ単に嫌いとかじゃなくてさ、嫌いにさせた何かがさ」真はそう言って起き上がった。
「何でそう言えるんだよ」陽一はずっと目をつむっていた。
「俺達に嫌がらせして何のメリットがあるんだよ。それどころか、もし甲子園行ってみろよ。すげえ学校の宣伝になるんだぞ」
「どうしたんだよ。急にそんな事言い出して」
「俺学校側と対立するの嫌なんだよ。最初から学校側が力貸してくれりゃ陽一だってもっと楽だった筈だぞ。それにこのままじゃまたモメるぞ」
真の言っている事は、説得力があった。
無意味な争い事や意地を張り合っても、なんの得もない。
陽一は真の意見に少しだけ納得し「・・・・そうだな」と言った。
しかし月曜日またもや事件が発生した。高野連に出場届がまだ送られていなかったのだ。
いつまで経っても出場用紙が来ないので、仁科先生が連盟に問い合わせたところ、すでに書類は送ったと連盟から言われた。
なんと提出期限は今日の午後3時迄だったのだ。もう午後2時だ。間に合わない。
先生達ははっきり言って頼りにならないので、5時間目の休み時間に仁科先生は自分のクラスの教え子の陽一に相談した。
「ヤバイよ先生それ」
「どうしたらいいのかな・・・」仁科先生はうなだれた。
そんな事を言っていると後ろの席の文麿が、机に足を乗っけながら言った。
「先生、連盟は何処だよ」
「新子安なのよ」
すると文麿は、教室の時計を見て「OK!先生俺がなんとかしてやる。書類の準備したら、正門出て少し歩いたとこのコンビニで待っててくれ」と言って、走って教室を出て行った。
正門近くのコンビニの駐車場で仁科先生が待っていたら、バリバリと音を立てた改造バイク、いわゆる暴走族仕様のバイクが走ってきた。文麿だった。
文麿は親指で後ろを指し「先生乗れ!」と言った。
「一ノ瀬君!バイクは禁止でしょ!」
「そんな事言ってる場合か!早く乗れ!」
仁科先生は躊躇したが、他に方法が無いと思い「もうどうにでもなれ!」と叫んで文麿のバイクに飛び乗った。
「先生!しっかりつかまっとけ!」文麿はそう叫ぶと、爆音を轟かせて走り出した。
恐怖のあまり仁科先生は声が出ない。
「お母さんさようなら」と心の中で言って、ずっと目を閉じていた。
さらに文麿は赤信号すら無視して走り続けた。
この生徒と教師の新しいタイプの暴走族は新子安へと爆走していった。
仁科先生は胸を撫で下ろして、連盟のあるビルから出てきた。
するとビルの前で待っていた文麿は、仁科先生に駆け寄った。
「先生どうだった?」
仁科先生は含み笑いの後、両手を広げて「セーフ!」とやった。
「やった!間に合った!やったぜ!」文麿は新子安の空に右手を高々と上げた。
だが仁科先生はその後に厳しい表情で「でもバイクはダメ!」と言った。
「なんでだよ!感謝しろよ!」
「それとこれとは別。バイクはダメ!もう乗っちゃだめ。わかった?」
「わかったよ。考えとくよ。そうだ先生学校まで送ってやろうか」
とんでもない。こんな怖い思いは二度とごめんだ。
「電車で帰る」仁科先生はそう言って駅へと歩きだした。
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