9、由香子の気持ち(2)
由香子は、あてもなくただふらふらと、夜の横浜の町を歩いていた。
ずっと立ち直れないでいた。
すると業界人ぽい中年男性が「君かわいいね。芸能人になってみない」と声を掛けてきた。
「芸能人?」
「そうそう。君なら絶対芸能人になれるよ」といって由香子に名詞を渡した。
由香子は一瞬、陽一と恵の顔を思い出した。
そして芸能人になって陽一を見返してやりたいと思ったのだ。
「ちょっと話ぐらいいいでしょ」と中年男性が言うと、由香子は「うん。話ぐらいなら・・・」と言ってその業界人についていこうとしたのだ。
その時、誰かが由香子の手をギュッと握った。
「キャッ!」と由香子が叫ぶと、人ごみの中にそのまま引っ張り込まれていった。
「逃げるぞ!」由香子の手をつかんでいたのは文麿だった。
「一ノ瀬!」由香子は驚き、訳もわからずそのまま文麿に引っ張られて行った。
するとその業界人ぽい中年が追いかけてきたのである。
「えっ?何々?なんなの?」由香子は状況がさっぱりつかめていない。
文麿は由香子の手を引っ張り、横浜駅前の繁華街を駆けぬけていった。
そして雑居ビルの間のごみ置き場の影に、二人で身を潜めた。
はあはあ・・・・二人は肩で息をした。
「一ノ瀬一体何なの?私芸能人にならないかって言われていたんだよ」
「お前馬鹿か。あいつらカタギじゃないんだぞ」
「ええー!」
「由香子声がでかい!」と言って文麿は由香子の口を手でふさいだ。
するとその声に気付いて、チンピラっぽい男たちが4、5人やってきた。
「みーつけた。僕だめじゃん。お仕事の邪魔したら」とさっきの業界人ぽい男が言い寄ってきた。
文麿はここまでかと、戦う決心をして立ち上がった。
すると「なんだよ!やんのか!」と言って後ろにいたチンピラが出てきた。
文麿がもうどうにでもなれと思って、手を出そうとした時「文麿!やめろ!」という声が聞こえた。
大きな男が商店街の方から、この雑居ビルの物影にやってきた。真だった。
「文麿、手を出したらこれで終わりだぜ」
「真!」
チンピラは「何だよてめえ!」と言って真に殴りかかると、真はチンピラの拳を恐ろしい程の力で握り締めた。
真は「誰が頭だよ?」と言って恐ろしい目つきでチンピラ集団を睨み付けた。
するとそのチンピラのリーダー格の男が、真に気付いたのか「ちょっとまて。こいつに手を出すな」と言った。
真は「おい!こいつらオレのダチなんだよ。今日は俺に免じて許してくれ」と言った。
チンピラ達は「わかった・・・」といって去って行った。
なにしろ真はつい最近まで、このエリアで暴れていたのだ。この辺では有名である。
文麿は助かったと思って、その場に力が抜けたようにしゃがみ込んだ。
真は由香子に「おいお前、こんなところ一人でふらふら歩いてると、シャブ中だと思われるぞ」と言って注意した。
「おい文麿、この道具お前明日ちゃんと学校に持っていけよ。ったく、オレに物持たすなよ」と言って、大きな紙バックを文麿に押し付けて去っていった。

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夜の山下公園はカップル達のデートスポットである。
その山下公園を、カップルでもない由香子と文麿が歩いている姿は、何となく不自然に見えた。
「なんだ。野球道具の買出ししてたんだ」
「そうそう。ボールは足らないし、バッティングマシーン用のグリスも無いし。どういうわけか急に校長が予算をくれたんで買い物してたんだよ」
「楽しそうだね・・・」
「ああ楽しいよ。ところで由香子、真の言う通りだぞ。あんなところふらふら歩いてたらほんとやべえぞ。スポーツショップの前を由香子がふらふら歩いてるの見て後つけたら、とんでもないところに行ったもんだからさあ」
「あのままついていったら私どうなってたの?」
「アダルトビデオに出演さ」文麿は何食わぬ顔で言った。
「アっアダルト!」由香子は驚いた。
「そうだよ。アダルトビデオさ」
由香子は文麿の言葉に血の気が引いた。
「ところで由香子、何で最近グラウンドに来なくなったんだよ。寂しいじゃねえか」
「別に、なんでもない」
「なんでもなくないだろ。由香子は皆勤賞だったんだぜ」
「しつこいなあ!別になんでもないよ!」と文麿に強く言ったが、こらえ切れずに、わあっ!と泣き出してしまった。
「由香子どうしたんだよ?」
由香子は全てを文麿に話した。本来なら文麿なんかには話さないのだが、友達のいない由香子は誰かに話したかったのだろう。
由香子はベンチに座って、一人泣き続けた。
「由香子もう泣くなよ」文麿は困ってしまった。
文麿だって泣きたかった。
由香子は鼻をズルズルすすりながら「だってさ・・・私まるで馬鹿じゃん・・・」と泣きながら言った。
すると文麿は頭を掻きながら「あのさあ・・・その事はみんなうすうす感づいていたんだぞ。徳永と山野が汐入駅で会ってるの結構目撃されてるしな」と言った。
「じゃあ・・・私だけが知らなかったって事?・・・恵も徳永君も嫌い。嘘つき・・・」
「そりゃ嘘でもつくさ。由香子、徳永にあんなにラブラブ光線送ってさ・・・大体徳永の態度見てわかるだろう?由香子に気がないって」
「じゃあはっきり言えばいいじゃない!私が嫌いだって!」
「そんな事言えるわけないだろ。もう少し大人になれよ」
「どうせ私は子供だよ・・・・」由香子はふて腐れてしまった。
「オレさ山野の気持ちちょっとはわかるぜ。あいつ結構親切だからさ、悩んだと思うぜ。でも好きになっちまったものはどうしようもないだろ?由香子が仮に徳永と付き合ってたとしたら、山野に徳永譲れるか?」
由香子は文麿に反論できずに黙り込んでしまった。