フォーエバー・フレンズ -338ページ目

9、由香子の気持ち(4)

スコアボードにはひたすら0が並ぶ。6回を終わっても港南学院はヒットが出ない。

しかし6回の攻撃中、慎太郎がバッターの時に司は「よし!わかった!」と大きな声を出した。

その司の突然の大声に、選手は一瞬「こいつ気持ちが悪い」と思った。

しかし7回表に司は、全員に黒田攻略のヒントを伝授するのであった。

司はベンチの奥から全員に言った「実は黒田さんにはクセがあるんだよ。カーブを投げる前に軽く下唇を噛むんだよ。こんな感じで。一ノ瀬君ちょっとためしてきて」

古屋監督は司の事を本当に感心した。

自分でも全然読めなかった相手のクセをこうも簡単に見破ったのである。

文麿は、屁理屈たれの司に指示されるのが気に食わないが、この局面を打開するためには何かしなくてはいけない、しぶしぶ司の指示に従う事にした。

文麿はバッターボックスに立って、黒田の唇をちらりと見ると、やはり少し下唇を噛んでいた。

するとその後、大きく割れるカーブがやってきた。

次の投球に入るとき、黒田は唇を噛んでいなかった。

すると今度はストレートがやってきたのだ。

まさに司の言った通りだった。

そしてカウントは11になっていた。

「次も噛んでいないストレートだ」文麿は心の中でそうつぶやいた。

そして黒田の投げた速球は内角高めに入ってきて、文麿はそのボールに食らいついた。

カキーンという音とともに、ライナー性の打球は左中間を真っ二つ。

文麿は二塁ベースで止まり、ベンチに向かって親指を立てた。次の打者修二もストレートを狙って右中間を真っ二つ。連続ツーベースでタイムリー。これで21だ。

陽一の打順がまわってくると、お目当てのストレートは3球目にやってきた。

ボールは陽一のバットにジャストミートした。そして陽一の打ったライナー性の打球は恐ろしい勢いで伸びていき、そのままレフトスタンドへ入った。

2ランホームランだ。逆転だ。

恵と茜は手を取りあって喜び、そしてハイタッチした。

完全に流れを変える一打であり、明田学園は悪夢を見ているかのようだった。

そして次の打者4番の真は、カーブに標準を合わせて打った。

真が打った打球はライト方向へ高弾道で伸びていき、スタンド上段へと消えていった。

陽一と真の今大会3度目のアベックアーチとなった。

「やったあー」と声をあげて茜と恵は抱き合って、飛び跳ねるように弾んだ。

港南学院の応援スタンドはもうお祭り騒ぎと化してしまった。

ベンチも凄い盛り上がりで、仁科先生までも飛び跳ねた。

しかしそんな状況でも全く表情を変えない者がいた。それは古屋監督だった。

7回表に港南学院は一気に6点を叩き出して、完全に試合をひっくり返した。

そして速見は3回以降完全に立ち直り、その後無失点で押さえ完投勝利。

スコアは82で港南学院の圧勝となり、準決勝に駒を進めた。

陽一は次の打席でも本塁打を放ち、この試合で陽一は今大会7本目の本塁打となり、真は4本目の本塁打となった。

試合後報道陣のスポットライトは陽一と真にあたった。

それはおびただしい数シャッターで、褐色の二人の肌が真っ白に見える程だった。

彼らは今、高校野球のスターの階段を、一歩のし上がったのである。




だが次の日の朝のミーティング時に、古屋監督のカミナリが部室に落ちた。
朝から自分達の記事の載っているスポーツ新聞をもってきて、大喜びしていたのだ。
すると「お前ら調子に乗るな!」と古屋監督が怒鳴りつけた
「ハッキリ言って、昨日の試合は負けていた。勝てた方がおかしい」
そして古屋監督はまず宮城を叱り始めた。
「まず宮城!お前は最低だ!。何故かわかるか?」
「・・・わかりません」宮城は自分が怒られると思っていなかった。
「何であんな簡単にバントをさせるんだ!ノーアウトでランナーは一塁。低めの球で攻めるなんてどうぞバントしてくださいと言っているのと同じだ。ああいう場合は高めのクサい球を配球に入れるんだ」
「はい・・・すみません」
「次速見!お前は宮城のリードに従順すぎる。お前は主将だろ。だったらもう少し状況をわきまえたプレーをしろ」
しかし古屋監督は、速見が立ち上がりに点をとられた事を責めなかった。
これはもう直らないと思ってあきらめているからだった。
「ハッキリ言って、司があの時黒田のクセを盗めないでいたら、お前ら完封で負けていた。恐らく最終回まで凡打の嵐だったな」
古屋監督の言う通りだった。その証拠に6回までノーヒットだったのだ。
全員古屋監督の言葉に、反省してしまった。



由香子は久し振りに野球部の練習を見ていた。

夏休みだが、わざわざ学校へやってきたのである。

だが以前のように黄色い声援を送る事なく、寂しげに3塁フェンス裏のベンチに座っていた。

司は久々に、練習参加表の由香子のところにを付けた。

そして練習は午後2時に終了したので、文麿はサッとシャワーを浴びた後由香子を連れて、横須賀港へと向かった。

「由香子元気だせよ」

「元気でるわけないじゃん。あんな事いわれて」

「別に憎くて言ってんじゃねえよ。そうだこれお前にやるよ」と言って文麿はさっきUFOキャッチャーで取った『かぴばら』の小さなぬいぐるみを由香子に渡した

「何これ。ちょー可愛い」由香子は『かぴばら』のあどけない表情に少しだけ癒された。

そしてしばらくして文麿は決心したかのように口をひらいた。

「由香子俺じゃダメか?」

「えっ?」

「徳永じゃなくて、俺じゃダメなのかよ?」

「・・・ありがとう。でもダメ」
「どうしてだよ」
「それじゃ徳永君がだめだから、一ノ瀬にするって感じじゃん。それに私、一ノ瀬の事好きになってない」
「これから好きになりゃいいじゃん」
「あはは。一ノ瀬、そんな簡単に言わないでよ」そうは言ったが、由香子は久し振りに自分が笑えた事に気がついた。
「じゃあさ、甲子園にもし行けたら俺と付き合ってくれないか?」
「安い安い。甲子園で優勝したら付き合ってあげてもいいよ」
由香子は恵のような野球オンチではなかったので、甲子園大会の優勝の重みをよく知っていたのだ。
「また難しいなあ・・・」文麿は頭を抱えた。
「でももし一ノ瀬が甲子園に行けたら、一回だけデートしてあげるよ」そう言って由香子は笑ってみせた。
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(c) 星河写真素材 PIXTA



7月25日の横浜スタジアム。準決勝の相手は『神奈川トップ3』の一つ稜善寺義塾高校であるが、困った事が起こったのだ。

相手投手はなんと陽一の苦手のアンダースローだった。

古屋監督は陽一のアンダースローの苦手ぶりを、司のデーターで知っていた。

そして陽一と文麿の打順を思い切って入れ替えてきたのである。

古屋監督は文麿を買っていた。

文麿は態度こそ悪いものの、たまにとんでもない事をやらかすのである。

2回戦にみせたホームスチールがそうだった。

あれには古屋監督は驚いた。

そしてこの一戦を、文麿の意外性に賭けてみたのであった。

この采配は大成功だった。

他の者はこの変則型アンダースローをあまり打てなかったが、文麿は4打数4安打5打点の大暴れ。

しかもスリーベースヒットを2本も放ったのだ。

2の勝利で決勝進出。まさに文麿の一人祭りであった。


そして試合後のインタビューで文麿は、カメラ目線でテレビカメラを指差しながら「由香子!元気出せ!甲子園絶対行くからな!」と大きな声で言った。
これには報道陣も唖然とした。
自宅でテレビを見ていた由香子もこれには驚いた。
とんでもないサプライズだった。
「一ノ瀬の馬鹿」そう言って、笑みをこぼした。
由香子はそんな文麿の明るさで、少しずつ元気を取り戻して行った。

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