10、決勝戦(1)
港南学院は遂に神奈川県大会決勝に進出した。
でも恵は嬉しい反面、少し寂しい気持ちになっていた。
確かに陽一の活躍は嬉しい。
しかし陽一の事が新聞紙面に載るたびに、陽一との距離感を感じていたのだった。
陽一は今年の春に編入してきたとき、何かを失った少年のようだった。
そしてそのつらいとき恵はいつも傍にいた。
陽一の苦しみや悲しみを一番知っているのは恵だった。
しかし今の陽一は数ヶ月前の何かを失った陽一ではなく、これからスターダムへとのし上がろうとしている自信に満ち溢れた陽一であった。
恵はコロンブスの休憩室で、今の悩みを茜に相談してみた。
「茜は心配じゃないの?」
「何が?」
「このまま遠山君が遠くにいってしまうって思わないの?」
「う~ん・・・考えたことないよ」
「例えばだよ、女の子からキャーキャー騒がれて、その気になって浮気しちゃったりとか・・・」
「そしたら問答無用で殴る」茜は自信満々でそう答えた。
恵は茜の強さが羨ましかった。
「私、陽一の事がたまにわからなくなるし・・・陽一、本当に私の事好きなのかな?有名になったらどこか行ってしまうんじゃないかなって・・・」
茜はそんな恵の悩みを聞いて、しばらく黙っていた。
そして「恵、信じるしかないよ。まだ付き合って間もないんだから、知らないところがあって当然だよ。それに陽一君はそんな人じゃないと思うよ。真ならあり得るけど」と言って笑った。
「だといいんだけど・・・」
「恵、野球の試合始まると恐がってるじゃん。どうして?」
「だって・・・陽一は、野球の事になると物凄い真面目だから、負けたら落ち込んで立ち直れなくなるんじゃないかって・・・。辞めたいって言って落ち込んだ事もあるし」
「飛行機事故で両親を亡くした陽一君を、ここまで立ち直らせたのは恵じゃないかな?」
「私?それは違うと思う・・・」
「私は、恵がいたから陽一君はここまで頑張って来れたんだと思ってる。恵はそれが出来たんだから、一試合ぐらい負けたって大丈夫だよ。もっと自信もちなよ」茜はそう言って恵の背中をポンと叩いた。
恵はバイトから帰路に付く途中、一人歩きながら考え事をしていた。
陽一が遠くに行ってしまうんじゃないかとずっと不安に思っていた。
そう思って歩いていると、陽一の御用達のイワサキスポーツの前を通りかかった。
そして恵はなんとなくその閉店間際のイワサキスポーツへと、入っていった。
店内に入ると、恵には価値がわからないが、名品の野球道具が並べられてあった。
そしてその名品のグローブを自分の左手にはめ、じっと見つめた。
するとイワサキスポーツの店長が「陽一は元気か?」と声をかけてきた。
「私の事、覚えていたのですか?」
「忘れないよ。陽一が女の子連れてきたの初めてだからな」と言って店長は笑った。
そして「何か探し物かい?」と恵に聞いてきた。
「いえ・・・なんとなく入ってしまったんです」
「そうか・・・野球道具って面白いんだろ?手の甲まで隠れるグラブや、真っ赤なグラブや、いたって普通のグラブもあったりして」店長は名品達を見回して、そういった。
「あの・・・いい道具を使うと、野球が上手くなるんですか?」
恵の質問に、店長はゆっくりと首を横に振った。
「関係ない。ただ、野球選手にとって道具というのは恋人と一緒なんだよ。陽一はとくにそんな考えを持っている」
「恋人・・・ですか?」
「そう、道具は選手の心の支えとなって、厳しい練習や試合を共に乗り越えていくんだよ。だから陽一はあれだけ熱心に道具を選ぶんだよ」
「そうなんですか・・・」
「ところで君は陽一の彼女?」
「・・・はい」恵は少し戸惑いながら、そう答えた。
「心配だろ?最近注目されているしな。それにイケメンだしなあ」
「やっぱり、有名になるとモテますか?」
「そりゃあモテるよ。しかし陽一はそれで調子に乗って、女をとっかえひっかえするような奴じゃないよ」
「どうしてわかるんですか?」
「あいつ、余分な飾り物は一切付けないだろ?何故だかわかる?」
「意味のないものは、付けないと言ってました」
店長は首をゆっくりと横に振った。
「あいつにとって意味のないものというのは、力となってくれないものという意味なんだ。だからあいつは飾り物は一切付けない。それと同じようにあいつが惚れる女は、上辺だけのチャラチャラした女じゃなく、共に苦労を乗り越えていけるような女しか好きにはならない。だから君の事を好きになったんだよ」
店長は笑ってそう言うと、硬式用のバットを恵に手渡した。
「重い!」
陽一はこんなに重たい物を振ってたんだ・・・。
「1年前、陽一はこのバットを重たく感じていた筈だよ。だけど今、陽一は君の存在があるからこのバットを軽く感じている」
恵は、その重たい硬式用バットをじっと見つめた。
「あの・・・もし私がリストバンドを送ったら、彼は付けてくれるでしょうか?」
「君だと思って、付けると思うよ」店長はそう言って笑った。
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