11、愛する心(2)
集中治療室では、文麿が頭を抱えながら椅子に座っていた。
由香子はあちらこちらに包帯を巻き、酸素マスクを口に当ててベッドで眠っていた。
そしてまるで停止しているロボットのように、あちらこちらに管や点滴を通されていた。
仁科先生と恵は恐る恐る扉を開けた。
二人はその由香子の悲惨な状態を目にし、一気に体が硬直した。
「ゆ・・・由香子・・・」恵はその場に立ちすくんだ。
「俺がやったんだ。由香子をバイクに乗せたばっかりに・・・」文麿はずっと下を向いたままだった。
「由香子!」恵は走りよって、由香子の手を両手で握り締めた。
そして「死んじゃやだよう」と言って泣き出した。
「手嶋さん・・・」仁科先生は、もうどうしていいかわからない。
すると担当医師がやってきて「保護者の方ですか?」と聞いてきた。
「担任です。この子達の担任です」
「保護者の方と連絡が取りたいのですが」と医者は困惑した表情を見せた。
恵は「私、由香子のお母さんの携帯番号知ってます」と言って、携帯電話をかばんから取り出し、電話をかけだした。
「あっあのう・・・彼女どうなんですか?死んだりしませんよね?・・・」仁科先生は恐る恐る医者に聞いてみた。
医者は「・・・命は大丈夫かと思います。そこに置いてあるかばんの中に、大量のぬいぐるみがあったんですよ。これでショックを和らげたんでしょうね。それが無ければ即死だったと思いますよ」
恵は由香子のかばんの中を見ると、衝撃で破れた大きなプレゼント用の袋が入っていた。
そこには形の崩れた『かぴぱら』や『ごまちゃん』の小さなぬいぐるみが沢山入っていた。
そして恵はそのぬいぐるみの入った袋の中に「恵へ」と書いた、小さく折りたたんだ一枚のメモを見つけたので、開いてみた。
『恵へ この間はごめんね お詫びにこれあげる』と書いてあった。
恵の目から涙が溢れ出した。
「由香子・・・私もごめんね・・・」
夕方になると由香子の両親が駆けつけてきた。
「由香子!」由香子の両親は、ベッドの上の自分の娘の姿に愕然とした。
「すみません!俺がこんな目に!」文麿は病室で土下座をついた。
すると由香子の父親は血相を変え「お前!よくも娘を!」といって文麿の胸ぐらをつかみあげた。
「暴力はだめです!暴力はやめてください」仁科先生は必死に間に入った。
すると「パパ・・・・いちのせ・・・おこらないで・・・おねが・・い」と途切れ途切れに由香子が話し出した。
「いちのせ・・・を・・・おこらないで・・・」由香子はうっすらと目を開けた。
「由香子!」由香子の父は目に涙を溜めた。
「おい・・・いちのせ・・」
「由香子・・・」文麿は立ち上がって由香子を見た。
「何してるの・・・早く甲子園・・・行け。私は大丈夫だから・・・早く甲子園に・・・行け・・・優勝してきてね・・・約束だよ・・・」
「由香子・・・」文麿は泣き出した。
「めぐみ・・・」
「由香子!」恵は咄嗟に、由香子の傷だらけの手を握り締めた。
「恵・・・ごめん・・・恵だけが私の事・・・助けてくれる友達なのに・・・なのに・・・あんな事言ってごめん・・・」
「いいの・・・私も嘘ついててごめん・・・」
「徳永君・・・いいよ・・・恵が好きなんだから・・・付き合ってもいいよ・・・」
「由香子・・・」
恵はもう涙が止まらなかった。そして傷だらけの由香子の手を、自分の頬に当てた。
すると由香子はそっと目を閉じた。
「由香子!死なないで!」恵が言うと、隣にいた医師が「大丈夫です。薬の効果が出てきているんですよ。休ませてあげてください」と言った。
その言葉を聞いて、恵は少し安心した。
その夜、鎌倉救急病院の前に陽一がやってきた。
陽一が来た時は、文麿と仁科先生は既に帰ってしまっていた。
「じゃあ、大丈夫なのか」
「うん。今のところはね」
「一ノ瀬はどうするって?」
「由香子が優勝してきてって言ったから、甲子園に行くって。由香子の両親も納得したみたいだし」
「そうか・・・それじゃ一ノ瀬は来れるんだな」
「あのね陽一、私甲子園の応援に行けないや」
「由香子についとくのか?」
「うん・・・夏休みだし、朝からバイトの時間までは由香子の看病をしたい」
「そうか・・・わかった。しっかり面倒みろよ」
「ごめんね」
「いいよ。仕方ないじゃん」
「しばらく会えないね・・・」恵は悲しそうな顔をした。
「そうだな・・・じゃあ・・・行ってくるよ」
「うん・・・頑張ってね」
陽一は去ろうとしたが、恵を振り返り、そしてゆっくりと右手の拳を恵につきだした。
「なんなのそれ」
「恵もこうやって拳を出してくれ」
恵は言われた通りに拳を作り、その小さな拳を、陽一の拳にくっつけた。
すると陽一は「待っていてくれ。必ず優勝して帰ってくる」と言った。
「うん」恵はそっと笑った。
そして走り行く陽一の後姿が消えるまで、その姿をずっと見ていた。
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