13、まけるもんか(1)
「由香子!」恵はそう言って、少し擦り傷の残る真っ白な由香子の左手を、両手で力いっぱい握り締めた。
「恵・・・痛いよ」
「ごっ、ごめん」そう言うと、恵は由香子の手を放した。
「私、どうしてここにいるの?」由香子は今の状況が、全く掴めなかった。
恵は、由香子に一部始終の説明をした。
恵の説明で、由香子は「そうだ・・・。私、バイクに乗って飛ばされたんだ・・・」と全て思い出した。
そしてその瞬間「一ノ瀬は大丈夫だったの?」と恵に聞いてきた。
すると恵は笑ってテレビの画面を指差した。
そこにはバッターボックスに立つ文麿の姿があった。
「今決勝戦なんだよ」と恵が言うと「そう・・・あいつ・・・本気だったんだ・・・」と言って、由香子は文麿の言葉を一つ一つ思い出した。
そして「一ノ瀬・・・」と言って涙ぐんだ。
7回裏。1アウトランナー無し。打席に立つのは文麿だった。
誰も篠宮を止められないと思った時、文麿のバットが試合の均衡を破った。
篠宮が自信をもって投げたストレートを、文麿は渾身の力ではじき返した。
そしてボールは左中間を思い切り破ったのだ。
文麿の足はどんどんと加速していき、そのまま3塁まで突っ込んでいった。
バババッと土煙をあげて3塁に滑り込んだ文麿は、ベースを拳で思い切り殴った。
「やったぜ!」文麿は、ユニフォームに着いた土をパンパンと手で払うと、観客の声援に応えるように、拳を振り上げた。
修二が凡打した後、陽一がバッターボックスに入った。
大河内はカーブのサインを出したが、初球ストレートが飛んできた。
タイムをかけ、大河内はマウンドに駆け寄った。
「篠宮、どうしたんや?」と言うと、篠宮はしばらくうつむいて「データーなんて通用しない」とつぶやいた。
「なんやと?」
「監督の言ったとおり、徳永にデーターなんて通用しませんよ」と大河内に食ってかかった。
「篠宮・・・」大河内はしばらく黙り込むと、黙って去っていった。
そしてプレーが再開された。
第二球目、篠宮は恐ろしい気迫で投げ込んできた。
陽一は思いっきり空振りした。
すると電光掲示板は148km/hを記録し、甲子園はどよめきの声があがった。
そして3球目も恐ろしい気迫だった。
陽一はまたしても空振り。
遂に電光掲示板は150km/hを記録した。
篠宮は、陽一を三振に打ち取らんばかりに、力を振り絞って4球目を投げた。
それは篠宮にとって最高の球だった。
篠宮の投げた球は、ゴウッといって唸りをあげるストレートだった。
しかし陽一の体は反応し、思いっきり振りぬいた。
カキーンという音が鳴り、ボールは右中間へと飛んでいった。
低空弾道の飛球は、フェンスに向かって一直線に飛んで行き、観客は一斉に顔を左中間へと向けた。
ボールはフェンスへ直撃した。
その瞬間甲子園は、揺れ動くのではと思う程の大歓声があがった。
文麿は右手をあげて、楽々ホームインした。
打った陽一は、セカンドベースにスライディングし、右手拳を甲子園の空へ向けて突き上げた。
3―2だ。
陽一のタイムリーに、甲子園は物凄い大歓声がこだまするようだ。
そして次にバッターボックスに立つのは、不動の4番真である。
「真・・・頼むぞ」陽一は、バッターボックスに堂々と立つ真の姿を見つめた。
篠宮はマウンド上で呆然としていた。
渾身を込めて投げたストレートを、はじき返されたのである。
すると一気に体に疲れを感じてきたのだ。
36度の猛暑は、篠宮の体を容赦なく蝕んできたのである。
敵は相手チームだけではない。自分の中にも敵はいるのだ。
そしてこの不動の4番打者へ投げた初球、真はしっかりと打ち返したのだ。
得意の流し打ちは、ライト前ヒットとなった。
陽一は3塁ベースをまわり、一気にホームベースへと突っ込んだ。
真は一塁ベース上で手を上げて、人差し指を空に向けた。
甲子園は割れるような大歓声をあげた。
7回裏、港南学院はついに同点に追いついたのだ。
1塁側の港南学院ベンチは、立ち上がってガッツポーズをする選手達で溢れかえった。

(c) hit31 |写真素材 PIXTA
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