13、まけるもんか(3)
ついに最終回。
篠宮は疲れながらも、なんとかここまで投げ抜いてきた。
そして、優勝まであと3つまでに漕ぎ着けたのだった。
篠宮は、この9回裏の港南学院の攻撃に最後の力を振り絞って戦う事となる。
篠宮の気迫は恐ろしかった。
球威こそ落ちてきているが、ボールにまるでその気迫が乗り移ったように、先頭打者の文麿そして、2番の修二を連続三振にしとめた。本日13個目の奪三振である。
そして篠宮にとって最後の打者の陽一がバッターボックスに立った。
しかしここでキャッチャーの大河内は、立ち上がった。
大河内は陽一を敬遠する事に決めたのだ。
甲子園は騒然となった。
篠宮はこれまで敬遠なんて、一度もした事が無かったからだ。
時刻は午後3時になっていた。
大河内は立ち上がってミットを構えたが、篠宮は首を横に振って敬遠を拒否した。
この篠宮の態度に「いいぞ!篠宮!」と言って、観客は声援を送った。
そして二人は立ち上がったまま睨み合った。
しばらく時間が経つと、大河内は「タイム!」と言って、マウンドへ向かって走っていった。
「篠宮、敬遠や」
「いやです。勝負させてください」
「徳永は今日は当っているし、さっきのファインプレーで気分が乗っとる。長打を食らう可能性大や。遠山はタイミングがあっとらんから、遠山と勝負して、クサイとこ攻めようや」
だが篠宮は納得しなかった。
そして大河内に「お願いです。勝負させてください。お願いします」と言って頼んだ。
大河内は、しばらく甲子園の空を見上げて考えた。
そして何かを決意したように「わかった。勝負しよう」と言って、マウンドを去った。
そして、大河内が座ってミットを構えると、観客から拍手が沸いた。
篠宮は大きなワインドアップから、第1球目を投げた。
最後の力を振り絞ったストレート。スピードガンは146km/hの表示を出した。
そして2球目も、気迫のこもったストレートを投げた。スピードは147km/hだった。
陽一はあっという間に、2ストライクまで追い込まれた。
淀商のエース、そして選抜優勝投手としての篠宮の男の意地であった。
「助けて・・・」
恵はどこからか陽一の声を聞いた。
「えっ?」
恵は少し驚いて、当たりを見回した。
しかしベッドの上の由香子以外、病室には誰もいなかった。
「恵どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
恵はそう言ったが、その声の主が誰か一瞬にしてわかった。
それは陽一の心の声だった。
本当は恐くて逃げ出したい。
だけど、このバッターボックスに立たないといけない。
陽一は決して強い男ではなかった。
テレビを見るからには平静を保っているが、本当は一杯一杯だった。
恵は、テレビの映像に写る陽一の姿をひたすら見続けた。
「私、陽一がつらいのわかってるよ。でも頑張って」
そして3球目もストレートで勝負してきた。
何が何でも力でねじ伏せてやる。
勝つのは俺だと。
しかしその篠宮が全力で投げたストレートを、陽一は全身の力を振り絞って打ち返した。
その瞬間、カキーンという音が鳴り響き、陽一の打った打球は甲子園の空を突き刺す程の勢いで飛んでいった。
そしてそのボールは浜風の影響も受けずに、目に追えない程の速度でそのまま広い甲子園のレフト上段へと消えていった。
地元横須賀中央駅のオーロラビジョン前には、この熱戦を見る大勢の市民が集まっていた。
そして陽一の打ったホームランに、駅前でオーロラビジョンを見ていた人達は、一斉に立ち上がり大歓喜を上げた。
甲子園球場も同じく割れんばかりの大歓声。
その甲子園球場の大歓声の中、陽一は左手を高々と上げながら、ゆっくりとダイヤモンドを回った。
その手には8と刺繍された黒いリストバンドがあった。
新たな英雄の誕生であった。
観客、いや、この中継をみている全ての人達に陽一は知らしめた。
このフィールド上の英雄は、篠宮でも大河内でもない。
一度は挫折したものの、再び這い上がってきた、この徳永陽一なのだと。
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