13、まけるもんか(4)
篠宮はマウンド上でガクッと肩を落とした。
もう篠宮には、これ以上投げる力は残っていなかった。
そして大河内は何も言わずに、陽一の打ったレフトスタンドの方向をずっと見つめていた。
やがて淀商の松永監督は、ピッチャー交代を決めて伝令を送ると、甲子園球場内のアナウンスがなりだした。
「淀商高校、ピッチャー交代のお知らせを致します。ピッチャー篠宮君に替わりまして、藤本君」
その瞬間甲子園球場内は、歓声とどよめきが一緒に混じりあった。
無敵だった篠宮がノックアウトされたのを、誰もが初めて見たのである。
甲子園球場のスコアボード。9回裏のところに『1』という数字が表示された。
4―4。港南学院は土壇場で同点に追いついた。
そして遂に延長戦が始まる。
9回裏を終えると、淀商ナインはベンチへと帰ってきた。
プロテクターを付けた大河内が帰ってくると、松永監督は大河内を呼び止めた。
「大河内、なんで勝負した?」
すると大河内は「来年の為です」と一言だけ言って、プロテクターを外しだした。
「そうか」松永監督はそう言って、それ以上何も言わなかった。
松永監督はその一言で、大河内の考えが大体理解出来たのだ。
大河内はベンチの奥で落ち込んでいる篠宮に「篠宮!落ち込んどる場合か!お前は来年もこいつらと戦うんやぞ。よう見とけ」と言った。
大河内は篠宮が打たれる事をわかっていながら、あえて勝負をした。
何故なら篠宮の考えが通用しない事を、ここで立証しておかなければならなかったのだ。
大河内は今年で最後だが、篠宮はまだ2年生。
来年この港南学院と、篠宮は大河内抜きで戦わなければならないのだ。
しかし一度火のついた篠宮は言っても聞かない性格である為、結果でわからせるしかなかったのだ。
大河内はその事を考えて、あえて勝負をしたのだ。
大した男だった。
そしてその大河内の言葉を聞いた松永監督は、この試合の勝利を確信した。
港南学院はこの一戦に必死だが、淀商にはまだ来年の事を考える精神的余裕があったのだ。
プロテクターを全て外し終えると、大河内は全員を集めて円陣を組んだ。
そして「みんな、すまん・・・。俺のデーターは間違っていた。今から俺は過去の栄冠を全部捨てる事にした。はっきり言う。港南は俺らよりも強い。だから俺らは挑戦者や。今からみんな挑戦者の気持ちで戦え!」と言ってこれからやってくる決戦に気勢をあげた。
12回表。
速見は準決勝に続いての延長戦だ。
この炎天下の中、さすがのタフマン速見も体力が限界に達していた。
マウンドに立っていると目がぼやけてくるし、ピッチングフォームに入っても足が上がらない。
もう後は気力で投げるしかない。
そう思っているとパラパラと雨が降り始め、やがてあっという間に大粒の雨となった。
「夕立だ。助かった」
速見はそう言うと、ザーと大きな音を立てて雨が振る甲子園の空に向けて、顔を上げた。
生き返る気持ちだった
そして審判は夕立の為、試合を一旦中断する事を宣告した。
茜はこの夕立の中、席を立とうとせずに、ずっと黙って雨に濡れていた。
中断の為にベンチに引き上げてきた真が、雨のかからない所に行けと手で合図しても、茜は首を横に振った。
何故かわからなかったが、席を立つ気持ちになれなかった。
一塁ベンチでは、速見が横たわっていた。
仁科先生は、タオルで速見の顔や体を拭いて、冷たいスポーツドリンクを飲ませた。
「速見君、大丈夫?」
「先生ありがとう。先生が頑張って残業代無しで部長やってくれたから、今俺ここに立てているんだよ。だから頑張るよ」もうろうとした表情でそう言うと、仁科先生は涙をこらえながら、新しいアンダーシャツを速見に着せた。
「私は泣かない。この子達が必死に頑張っている以上、絶対に泣かない」仁科先生は心にそう誓った。
もう私は『泣き虫先生』じゃない。
しばらくして雨足が弱くなってくると、速見は起き上がり、パンパンと両手で頬を叩いた。
そして「宮城!肩温めるぞ!」と言って、ベンチ前で軽くキャッチボールを始めた。
キャッチボールをする速見は、何かを悟ったように顔の表情が消えうせていた。
速見は決意していた。
俺は今までキャプテンらしい事を、何もしてこなかった。
みんなの力に支えられて、今俺はこの大舞台で投げる事が出来ている。
これはみんなのおかげだ。
みんなが居なければ、今頃俺は一試合すら出来ずに引退していた。
だから俺はみんなに最後の恩返しをする。
死んでも最後まで投げぬく。
雨があがり、各ベース上に敷かれたシートがめくられると、主審は試合再開を決めた。
そして背中に『1』の番号を背負った速見は、ゆっくりとマウンドに向かって歩き出した。
それは燃えるような後姿だった。
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