2、姉との思い出(4)
清志朗は箱根登山鉄道の電車の中で、紅葉の山々を見ながら、3年前に21歳の若さで亡くなった姉『恵理』の事を思い出していた。
この3年間モメ事ばかり起こしていつのまにか忘れていたが、恵を見てから亡くなった姉の事を少しずつ思い出していった。
清志朗は病床の恵理を見舞いに行った時の事を思い出した。
病室のベッドで寝ている痩せ細った姉は「清志朗、中学でも野球やるんでしょ?グローブ注文してあげたからね。1週間後に自分でお店に取りにいくんだよ」と言った。
「お姉ちゃん、ありがとう・・・」
「野球頑張るんだよ・・・私、もうこれ以上何もやってあげられないからね・・・」恵理は清志朗にそう言うと、そっと微笑んだ。
そして清志朗がスポーツ店にグローブをとりに行く日の前日、恵理は帰らぬ人となった・・・。
お葬式が終わっても清志朗は恵理が死んだという実感が沸かずにただ呆然としていた。
ずっと泣かなかったが、火葬場のスイッチが入った時、お経が流れると清志朗はその場で号泣した。
そうだった・・・。
お姉ちゃんだけがいつも俺の事をかばってくれた。
リトルリーグの試合を、お姉ちゃんだけはいつも応援に来てくれた。
「清志朗!頑張れ!」と言って応援してくれたお姉ちゃん。
寮に着いた清志朗は、押入れにしまっていた姉からの最後のプレゼントのグローブを、久々に取り出した。
そしてそのグローブを見つめると、涙がポロポロと落ちてきた。
「お姉ちゃん・・・」
清志朗はそう言うと、シクシクと泣いた。

(c) pp.kontokuri |写真素材 PIXTA
恵と陽一は清志朗の兄に連れられて、湘南海岸を歩いていた。
「母親は10年前に、強情な父に愛想を尽かして家を出て行ってしまって、それからは姉が清志朗の母親替わりとなって・・・だから清志朗は恵さんに心を開いたんでしょう・・・」
恵と陽一は、夕暮れの湘南海岸を見つめながら、兄の話を聞いた。
「清志朗は勉強こそ出来なかったけど、野球は本当に上手かったよ。でも父はそんな清志朗を毛嫌いして「この出来損ない、お前は俺の子じゃない」と言って叱りつけた・・・でも姉はいつも清志朗の事をかばっていた・・・『勉強だけが全てじゃない。清志朗は野球が上手い』と言って・・・」
「それでさっき私が『勉強だけが全てじゃない』って言ったら、お父さん黙り込んだんだ・・・」
「姉が20歳の時、急に体調を崩して病院に行ったらガンが発見されて、それからあっという間だった・・・清志朗がグレだしたのはそれからだよ・・・」
「そうだったんだ・・・」
「父は、裸一貫で会社をここまで大きくしてきたから人だから、プライドは人一倍高い。だから自分の信念は絶対に曲げない。そんな父を見ていると、僕より清志朗の方が父に似てるなって思うんだよ・・・」清志朗の兄はそう言うと、空を見上げた。
陽一は自分の事を思い出したように下を向いた。
結局お互い、いがみ合ったり、不満に思っても親子は親子なんだ。
お互い似てるところがあるから、譲れないところも同じなんだ。
「あの・・・どうすれば清志朗君を家に住ませてもらえるんでしょうか?」と恵が聞くと、清志朗の兄はゆっくりと首を横に振り「君達がいくら頑張っても駄目。二人のどちらかが折れない限りは無理だよ」と寂しげに言った。
清志朗の父は、書斎で物思いにふけっていた。
『勉強だけが全てじゃないです』
恵の言った言葉がずっと頭から離れなかった。
そして机の中からアルバムを取り出して開くと、恵理がまだ生きていた頃の家族で撮った写真があった。
それはまだこの大谷家に、幸せがあった頃だった。
「恵理・・・」
父はそう言うと、恵理の写真をじっと見つめた。
陽一と恵は、清志朗の兄と別れると、平塚駅から東海道線に乗った。
恵は車中から見える湘南海岸を見ながらずっと考えていた。
不思議な気持ちになっていた。
何故かよくわからないが、清志朗親子の為に、自分が何かをしなければならないという責任のようなものにかられていた。
「ねえ、陽一」
「なんだよ」
「来週の日曜日、清志朗君に会ってきてもいいかな?」
「何するんだよ?」
「わからない・・・でも何かをしなきゃいけないって思えてくるの」
陽一は少し考えると「会ってきなよ」と言った。
今回の事は、恵にしか解決できないように感じていた。
理由はわからないが、陽一は何故かそう思った。
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