7、心の変化(3)
ゴールデンウィークの初日、練習試合第6戦の日がやってきた。
対戦相手は、『神奈川トップ3』の一角の明田学園で、昨年の神奈川大会の準々決勝で対戦したチームだ。
この日も清志朗は絶好調で、明田打線を全く寄せ付けなかった。
しかし明田学園の投手も、サイドスロー140キロ台の球を繰り出す変則型投手で、港南ナインも打てずに困っていた。
文麿は寂しげに、ベンチに座っていた。
なんとスタメンを外されたのだ。
古屋監督は、選手起用に余計な情はかけないタイプで、打てなくなれば簡単にスタメンから外してしまう監督である。
文麿はベンチでボーッと仲間達のプレーを見ていた。
するとそんな文麿を見て、弥生が突然怒り出した。
「文麿さん!何ボーッとしてるの?しっかりとみんなのプレー見てよ!ヒントが一杯あるじゃん!」
文麿、いや選手全員が、弥生の突然の喝に驚いた。
「徳永さんや遠山さんのバッティングを見てよ!文麿さんのスランプ脱出のヒントがあるじゃない!ボーッと見るだけなら帰りなよ!」
文麿は、弥生に怒られて、黙り込んでしまった。
そして「すまねえ・・・」と言って謝った。
やがて文麿は、素振りを始めて、ひたすら自分の出番がくるのを待った。
そして7回裏に、遂に文麿の出番がやってきたのだ。
「バッター大谷に替えて、一ノ瀬が出ます」伝令が主審にそう告げると、バットを振り回しながら、文麿は現れた。
2アウトでランナーは2塁。
文麿はいつもこんな場面で、タイムリーを放っていた。
すると弥生が「文麿さん!去年をよく思い出してね!センターに打ち返して!」と叫んだ。
そんな弥生の言葉に、文麿はゆっくりとうなずいた。
そうだ、俺の売りはセンター方向への打ち返しだ。
俺は、真のようなパワーヒッターじゃない。
ライナー性のあたりが、抜けて長打になるんだ。
そうだ、決してホームランバッターではないんだ。
そう思ってバッターボックスに立つと、真剣な眼差しで相手投手を見つめた。
そして、カウント2―1。
遂に文麿のバットが目を覚ました。
カーンと打った球は、左中間を突き抜けるライナーとなった。
文麿は懸命に走った。
そして2塁ランナーは見事生還し、先取点を奪った。
文麿は一塁を蹴って2塁へと走り、砂煙を上げ、そのままヘッドスライディングをした。
そして「やったぜ!」と言って、右手を振り上げた。
文麿らしさがようやく戻ってきた。
膠着状態の試合を動かすのは、いつも文麿だった。
文麿がベンチを見ると、弥生が手を叩いて喜んでいた。
「弥生・・・サンキュ・・・」
そして試合が終わると、文麿と弥生は同じ電車に乗って帰った。
「弥生、おかげでスランプから脱出できそうだ。ありがとうな」
「よかったね」弥生は白い歯を見せて笑った。
すると電車がガタンと揺れた。
体のバランスを崩しそうになった弥生は、右足でなんとか踏ん張ったが「痛!」と声を上げた。
「どうしたんだよ?」
「アキレス腱切った後遺症・・・力入れて踏ん張ると、たまに痛むんだ・・・」
すると文麿は「鞄貸せよ」と言って、弥生のかばんを持とうとした。
「いいよ。大丈夫だよ」
「いいから貸せって」
文麿は無理やり弥生から鞄を奪った。
そして弥生の鞄を肩にかけると、外の風景をずっと見ていた。
今まで『女は見た目』としか思っていなかった文麿の心の中に、変化が現れてきた。
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