7、心の変化(2)
試合後、文麿は気が重そうな表情で、電車に乗って帰っていた。
4試合で、いまだにノーヒット。
今までは、チームが調子の悪い時こそ、起死回生の1打を放っていたスランプ知らずの文麿に、絶不調の波が押し寄せていた。
寂しげに、窓の外の風景を見る文麿に、一人の女性が声を掛けてきた。
「一ノ瀬先輩」
文麿が振り返ると、弥生が笑って立っていた。
「あっ!ケツデ・・・」
「ケツデカって言わないで下さいね。結構気にしてますから」
「あっ・・・ああ・・・すまねえ」
「元気ない顔で、どうしたんですか?」
「タメ口でいいよ。それに文麿でいいよ・・・」文麿は寂しげにそう言った。
「じゃあ、遠慮なく。文麿」
あまりにも遠慮のない話し方に、文麿は少し驚いた。
「少しぐらい気を使えよ」
「どっちなんですか?」
「もういいよ」
文麿は黙って窓の外の風景を見つめていた。
「文麿さん、懐でボールを打ててないですよ」
「あん?」
「体が開くのが早いから、ファールしてカウントを悪くするんです」
「偉そうな事言うな。このケツデカ」
「ケツデカって言わないで下さい」
そういうと弥生は文麿の体をバシッと叩いた。
「いてえ!」
男に叩かれたような痛みだった。
弥生はとても熱心にマネージャーの仕事をこなしていた。
練習後の後片付けやグラウンド整備も行い、バッティングマシーンの手入れまでもしっかりとやった。
勿論タオルを配ったり、洗濯をする等の女性的な仕事も行う為、おかげで司は偵察やデーターの取りまとめに専念する事ができた。
そして明るく元気のよい『ケツデカ弥生』は、いつのまにか野球部の人気者になっていった。
練習試合第5戦。
対戦相手は、東京の東洋工業高校だった。
今回の相手も選抜大会出場の強豪である。
この日も、淳紀のリードに引っ張られた、清志朗のピッチングは冴え渡った。
陽一も、真も3安打を放ち、好調ぶりを見せた。
修二も2安打を放ち、守備でもファインプレーを見せた。
そして7―1で勝利した。
清志朗は2試合連続の完投勝利だった。
港南学院らしさが戻ってきた。
しかし・・・文麿は今日もノーヒットだった。
全員が帰っても、文麿は黙々と居残りでティーバッティング練習を行っていた。
。
するとジャージ姿の弥生がやってきた。
「文麿さん、懐で打たなきゃだめだって」
「うるせえ」
文麿はただでさえ人の意見を聞かない。
そんな文麿が、マネージャーの弥生の意見なんて聞くはずがなかった。
すると弥生は「頑固だなあ。ちょっと貸して」と言って、文麿から無理矢理バットを取り上げた。
「なんだよ、邪魔すんなよ」
すると、弥生はバッティングティーにボールを置いて、カーンとボールを打った。
とても綺麗な弥生のスイングに、文麿は驚いてしまった。
そして弥生はボールを打ちながら「こうだよ。手前でボールをとらえる感じ。そして懐で手首を返す感覚」と熱心に文麿に指導した。
居残り練習を終えると、弥生は夕暮れのグラウンドの側のベンチに座っていた。
文麿が、自販機でジュースを買ってくると「あいよ」と言って、ジュースを弥生に投げ渡した。
「ありがとう」
文麿は弥生の横に座わると、プシュっと缶ジュースの蓋を開けて、ゴクゴクと飲みだした。
そして「ふう・・・」と言うと「弥生、お前野球やってたのか?」と弥生に聞いた。
「ソフトボールやってたんだ。全国大会準優勝だよ」と言って弥生は笑った。
「そうだったのか・・・なんで辞めたんだよ?」
すると弥生はジャージの裾をめくり、足首の手術の跡を文麿に見せた。
「どうしたんだよ、それ?」
「アキレス腱切っちゃったんだ」と言って弥生は笑った。
「そうだったのか・・・」
「本当はオリンピックに出場したかった・・・。でもこんな体じゃ仕方ないよね。だからせめてスポーツインストラクターになりたくて・・・」
「なれるよ」
「わかんないよ」
二人は沈み行く夕日を見つめた。
「なあ弥生、俺そんなに体が開いているのか?」
文麿は初めて弥生のアドバイスを聞こうとした。
「うん。去年テレビで見た文麿さんとは違う。長打を狙おうとしすぎるから、体が開くんだと思う」
「そうかなあ・・・」
「文麿さんは、センター方向にライナー性の球がでると、グッド」そういうと、弥生は文麿に白い歯を見せて微笑んだ。
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