8、料理甲子園(5)
次の日、茜は通信教育の授業の為に、学校へとやってきた。
そして放課後の真の練習風景を見ながら、グラウンドの側にたたずんでいた。
「なんとか学校ぐらい卒業させてあげたいなあ・・・」茜がそうつぶやいた時、由香子がやってきた。
「野球部の練習の邪魔だから帰ってくれる」
「はあ?」
「帰れって言ってんの」
「別に邪魔してないじゃん。見てるだけじゃん」
「あんたがいると邪魔。帰れ!」
由香子は一位の座を茜に奪われた事に、腹が立っていた。
しかし、そんなランキングの事なんて茜は全然知らなかった。
恵だと大人しく帰るが、茜は決してそんな人間ではない。
「あんた何様のつもり?」茜は由香子に食ってかかった。
野球部員達は、外野の方で由香子と茜が何か言い合いしている事に気がついた。
それに気付いた真は「やべえ!」と言って走り出した。
陽一も真の後を追って走り出した。
「由香子を止めないと!」陽一がそう言うと真は「馬鹿!茜を止めるんだよ!」と言って走り続けた。
しかし遅かった。
茜は由香子に、思いっ切りビンタを食らわした。
その瞬間、野球部員はシーンとなった。
「遅かったか・・・」真はその場にたたずんだ。
「車椅子姿だからって何言ってもいいと思ってんじゃないよ!」
茜の一喝に、由香子はうっすら涙を浮かべた。
真を尻に敷く茜の恐ろしさは、ハンパじゃなかった。
由香子の強さは上辺だけの強さだが、茜は芯から強かった。
そしてその日の晩、真と茜は一緒に家に帰った。
二人は電車に揺られていた。
「大体、あの子甘えてるのよ。みんなで甘やかすからダメなんだよ」茜がそう切り出した。
「陽一が甘いんだよ・・・」
「なんでもかんでも陽一君が悪いって・・・。何かあると、みんなして陽一君のせいにしてるんじゃないの?」
真は黙り込んでしまった。
茜の言っている事は正しかった。
司は、由香子をマネージャーにした陽一が悪いと言って、文麿は態度の悪い清志朗を入れた陽一が悪いと言っていたからだ。
何か問題が出ると、みんなして「陽一が悪い」と言うのが口癖になっていた。
「去年はもっと大変だったんでしょ?問題も一杯あったんじゃないの?陽一君は何か問題があったら、速見さんが悪いなんて言った事あるの?多分無いんじゃない?」
「・・・ねえよ」
「真がもっと助けてあげなきゃだめじゃん。陽一君にとって、真は文麿君や司君とは違うんだよ」
「・・・そうだな」
真は、チームの事すべて陽一に押し付けてきた事を、少し反省した。
由香子は物凄いショックを受けていた。
『車椅子姿だからって何言ってもいいと思ってんじゃないよ!』と言った、茜の言葉が耳から離れなかった。
そして今日も司に押されて、一緒に帰っていた。
鎌倉駅に着くと、由香子は司に「一人で帰る・・・」と言った。
「坂道が多いからいきなりは無理だよ。家まで送っていくよ」
「いい・・・一人で帰る・・・」
「由香ちゃん・・・」
由香子はそう言うと、電車を降りて寂しそうに車椅子を操作しながら帰った。
そして改札口を抜けると、御成通りを通っていった。
私だって、好きでこんな体になったんじゃないよ。
強がらないと生きて行けないんだ。
そして、自宅近くの坂道に差し掛かった。
いつも朝は恵、夕方は司が助けてくれる。
でも今日はこの坂道を一人の力で越えようとしていた。
ひたすら手に力を込めて、坂道を登ろうとするが、どうしても途中までしか進めない。
そして車椅子にロックをかけて少し休憩すると、由香子は再び車椅子を動かし始めた。
しかしその時手がすべり、一気に坂道を転がっていった。
「きゃーーー」と叫ぶと車椅子ごと横倒しになり、由香子は路上に放り出されてしまった。
そして真っ暗な路上に倒れこんだ。
しばらく星を見ていたが、自分が情けなくなって涙が出てきた。
やがて声をあげてワンワンと泣き出してしまった。
「ムカツク!もうムカツク!私なんて大嫌い!ワー!」
すると真っ暗な路地から、司がやってきた。
「由香ちゃん・・・」
司は由香子が心配で、後をつけてきたのだ。
「司・・・」
司が由香子を抱き起こそうとすると、由香子は泣きながら「触らないで!」と言って歩腹前身のようにズルズルと音を出して進みだした。
「由香ちゃん!やめなよ!」
司は由香子を抱き起こした。
「司!放して!」
「由香ちゃん!だめだ!」

(c) 黒べるーが
|写真素材 PIXTA
由香子を車椅子に乗せ終えると、司と由香子は近くの公園へと行った。
由香子はずっと泣いていた。
「由香ちゃん・・・スカジョさんにあんな事言ったらだめだよ。野球部の練習を見に来てくれる人はお客さんだって速見さんの時からの方針なんだよ」
「だって・・・むかつくもん・・・」
「どうして?」
「だってランキング1位奪われたもん・・・足も動かないで、顔だけが取柄だったのに・・・」
「僕なんて彼氏にしたくない男第3位だよ。別にいいじゃん」
「私から、顔を取ったら何が残るの・・・足も動かないのに・・・」
「由香ちゃん・・・」
「私だって好きでこんな体になったわけじゃない・・・」
「由香ちゃん、僕は由香ちゃんに投票したよ。僕は由香ちゃんが一番可愛いと思うよ」
そして司は笑顔で「僕にならいくらでもワガママ言ってもいいし、こき使ってもいいし・・・いくらでも力になるよ」と言った。
「司・・・」
「足が動かないなら人の力を一杯借りようよ。人から力を貸してもらう代わりに、人に親切になろうよ」
由香子は泣きながら「うん・・・」と言った。
「よし、じゃあ帰ろうか」
司は笑顔でそう言うと、車椅子を押して由香子の家へと向った。
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