9、進路(2)
土曜日、陽一の家に恵と茜がいた。
陽一は野球の練習でいない為、二人は明日の料理甲子園の為の衣装を決めていた。
茜はさすがに元お嬢様だけあって、着物の着付けが出来た。
恵は陽一の母親の遺した着物を、茜に着せてもらう事となった。
そしてピンクの着物にたすきをかけて、割烹着を上に着た。
「茜、変かな?」
「全然可愛いよ。まるで料理屋の若おかみって感じ」茜はそう言って微笑んだ。
「そ・・・そうかなあ」恵は茜に褒められて、少し嬉しい気分になった。
日本人体系の恵は、とても和服が似合っていた。
「でも、陽一君のお母さんってセンスいいんだね。こんな可愛い着物」
「でしょ」
「陽一君が、この着物着ろって言ったんでしょ?陽一君もセンスいいね」
「えっ?陽一はお母さんの着物適当に使えって言っただけだよ」
「じゃあ恵が選んだんだ。恵もオシャレになったよね」
「違うよ。陽一のお母さんがこれ着てって言ったんだよ」
「へっ?」茜は血が止まったような表情で驚くと、恵は笑顔で「陽一のお母さんがこれ着なさいって言ったの」と言った。
「またまた恵。うそでしょ?」
「本当だよ」
「んなわけないじゃん。陽一君のお母さんて、亡くなったんでしょ」
「だってそこにいるもん」
恵はそう言うと、茜の背後を指差した。
「やだあ!」
そう言うと、茜は咄嗟にソファーに飛び乗り、身を縮めた
茜はお化けが大の苦手だった。
「恵、ひょっとして・・・見えるの?」
「ううん。見えないよ。でもいるのがわかるの。そしてたまに夢に出てきて、私に語りかけるの。とっても優しくて、私、陽一のお母さんの事大好きなんだ」恵はあっけらかんと笑ってそう答えた。
その話を聞くと、茜は怖がって帰ってしまった。
しばらくすると陽一が、練習から帰ってきた。
「おかえり、陽一」
「ただいま」
和服を着た恵の姿に、陽一は思わず見とれてしまった。
「恵、かわいいな。本当に和服がよく似合うよ」
「そう?ありがとう。明日の決勝はこれ着て料理作るね」
「頑張れよ」
すると恵は、陽一に拳を差し出して「陽一もこうやってくれ」と言った。
「こうか?」陽一も拳を差し出した。
「待っててくれ。必ず優勝して帰ってくる」
「それパクリだよ」
二人は大笑いした。
次の日、由香子は司に押されて、新東京テレビの社屋へとやってきた。
そして、会場案内に従い、二人は進んでいった。
会場前に着くと司は「由香ちゃん、ちょっと飲み物買ってくるよ。ここで待ってて」と言った。
「うん」と返事をすると、由香子は一人ぼっちで、あたりを見回した。
有名芸能人のポスターが沢山貼られた壁、そして時折廊下を歩くタレント・・・。
由香子にとって芸能界は憧れだった。
チャンスがあれば女優になりたいとも思っていた。
そんな由香子の好奇心は、自然とテレビ局内の散策へと向かわせた。
いいなあ・・・。
私も歩けたら、オーディション沢山受けるのに。
そんな事を考えながら、すれ違う芸能人達を羨ましそうな表情で、見つめた。
すると、トイレに行きたくなってしまった。
だが、どのトイレを探しても、障害者用のトイレが無かった。
由香子は障害者用のトイレがないと、一人で用が足せなかった。
「だめじゃん・・・」
障害者用のトイレは一階にしか無かったのだ。
そして障害者用のトイレを探しているうちに、テレビ局内で迷子になってしまった。
やがて腕も疲れてきて、車椅子を動かす力も無くなってきた。
「はあ・・・私ってダメだな・・・何も出来ない・・・」
由香子はそう呟いて肩を落とすと、自分が情けなくなってきて涙ぐんだ。
するとその時、由香子の車椅子が自然と動き出した。
「えっ!」と言って振り返ると、なんと茜が由香子の車椅子を押していた。
「スカジョ・・・」
「茜って呼んでね。トイレ行くんでしょ。ついてってあげる」
茜はそう言うと、淡々とした表情で由香子の車椅子を押し続けた。

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