10、新たなる強敵(1)
「ねえお父さん」
「どうした恵?」
恵は、父親に自分の進路について話すことを決めた。
父は、晩酌をしながら居間でナイター中継を見ていた。
「実はね・・・相談なんだけど」
「早く言えよ。今坂本の打順なんだから」
「あのね、陽一がもし北海道や福岡の野球チームに行ったら、私陽一に付いて行きたい・・・」
その時坂本がヒットを打った。
「よっしゃ!さすが坂本!」
「お父さん!聞いてるの!」
「ああ聞いてるよ」
「私ね・・・」
「要は徳永君がソフトバンクや日ハムに行ったら、付いていくってことだろ?」
「うん」
「反対だ」
「ダメ?そこをなんとか許して欲しいんだ・・・」
しかし恵の父は、真剣な眼差しで恵を見て「反対だ」と一言だけ言った。
「どうしてだめなの!」
恵の父は、再び野球を見ながら黙っていた。
「お父さん、陽一の何がだめなの?教えて!」
そんな恵の言葉も無視して、恵の父は真剣な顔でだまってナイター中継を見続けた。
「お父さん・・・・」恵は思わず泣きそうになった。
すると恵の父は「巨人じゃないからだ」と言った。
「はあ?」恵は呆気にとられた。
「徳永君は巨人しかありえないだろ」
「お父さん何言ってるの・・・」
馬鹿じゃないの?
やっぱりお父さんに相談するだけ無駄だった。
「巨人に行くなら結婚してもいいぞ。阪神ならダメだ」
恵は自分の父の言動を見て、情けない気持ちになった。
そしてふくれていると、父は「まあいいよ。パリーグだしな。巨人の優勝には関係ない。阪神だったら反対するけどな」と言って笑った。
結局大の陽一ファンである恵の父は、恵が陽一とともに地方へ行く事を許可した。
「恵、お願いがある」
「何?」
「徳永君に巨人に指名されたら、必ず行くように言っといてくれ」
「わかったよ!」
そう言うと、恵はムッして自分の部屋へと上がっていった。
あまりにもの自分への無頓着さに、腹が立った。
しかし、お父さんも見事な宇宙人ぶりである。
恵もひょっとして、父の面影を陽一に見つけていたのだろうか?
7月、遂に神奈川県大会の地区予選が始まる。
地元新聞社の下馬評では、優勝候補筆頭は、ダントツでディフェンディングチャンピオンの港南学院高校であった。
そして、その次の候補は選抜出場校の武南高校、そして明田学園等の神奈川トップ3であった。
しかし、司は新聞社とは全く違う予測をしていた。
「一番の強敵は湘陽大付属だよ」司は部室で、雄弁を振るった。
野球部は練習後のミーティングを行っていた。
「適当な事言うなよ。選抜どころか、関東大会にも出てねえじゃねえか」久しぶりに文麿と司の討論が始まった。
司は「はっきり言って、小林さんのいない武南なんて敵じゃない。湘陽大付属の沢尻という投手は簡単には打てない」と言い切った。
「沢尻?それ誰だよ」文麿は、初めて聞く名前に少し戸惑いを見せた。
すると司は、プロジェクターを使って映像を映し出した。
それは2m近い長身の外国人が、伸びやかなスリークウォーターフォームで投げる映像だった。
「なんだよ。外人じゃねえか」文麿がそう言うと、司は首を振りながら「日本人とアメリカ人のハーフだよ」と言ってプロジェクターの画面を見続けた。
そして、そのゆったりとしたフォームからは信じられない程速い剛速球が、左手から放たれた。
その速球を見て、部員達は思わず絶句してしまった。
「MAX155キロ。変化球は無し。だけどサウスポーで155キロの球が低めギリギリにやってくる」司は映像を見ながら、部員達に解説をした。
「ちなみに沢尻は身長が2m近くあるから、物凄い威圧感があると思うよ」
「そんなでけえのか!」文麿は目を見開いて驚いた。
真はしばらく映像を見て黙っていた。
そして「司、このピッチャー何年生だよ?」と聞いた。
「3年生だよ」
「こんな奴しらねえぞ。いつからいたんだよ」
「実は、今年の春にアメリカから帰国してきたんだ。武南の練習試合を偵察に行った時に見つけたんだ。武南がシャットアウトで負けたよ」
司の言葉に、全員がシーンとなった。
「とにかく僕はこの湘陽大付属が今大会の強敵だと思っているんだ」
すると陽一が「司、沢尻の攻略にいいアイデアはあるか?」と聞いてきた。
「150キロマシーンを少しだけ近く置いてやるしかないね。でもほとんどストレートだから、絞りやすいとは思う」
「問題は当るかだよな」陽一は険しい表情を見せた。
「その通り。とにかくこの剛速球を打てないと甲子園の切符は無い」司はそう言うと、映像を消した。