8、親心と恋心(1)
完全に停止してしまったベビーモールマシーン。どうすればよいのだろうかと、圭一郎の脳裏に不安がよぎった。工期3日となれば明日0時までに仕上げなければならない。しかも到達地点まであと8mもの距離を残している。
とても青田の言った工期を守れるとは思えなかった。
すると優太は「川崎!ハンドブレーカー下せ!」と指示を出した。
「優太、何するつもりだ」
圭一郎が驚いた表情をしながら言うと、優太は「残りは手で掘っていく」と言って雨合羽を着こみだした。
「手で掘る???」
「ああ、俺は普通推進の経験者だからな」
優太は自慢げにそう言うと、シャベルとハンドブレーカーを手に持ち、海兵隊の歩腹前進かの如く、直径1mの鋼管の中へと入って行った。
なんと優太は、残り8mの距離を、手掘り推進で掘っていくという作戦に出たのだ。
これはもう完全にモグラ工法である。
バババッとマシンガンのような音を放つハンドブレーカーは、管の先端の岩をことごとく砕いていく。そしてある程度砕き終えると「吉村!推してくれ!」と指示を出す。
管の中で、ある程度土を掘るとマシンで推す。そして掘っては推すという繰り返し。もう必死の作業であった。
4人で10分ずつ管の中に入り、先端の岩をハンドブレーカーで砕いていく。
あまり長時間管の中に入っていると酸欠状態になる為、交替交替、中に入らざる得なかった。
そんな厳しい作業がひたすら続いた。
ハンドブレーカーで岩を砕くと、狭い管の中に細かい粉塵が飛び交う。
酸欠防止の為、大型送風機で管の中に風を送り、ひたすら掘り進む4人。粉塵が汗と混じってもう顔中泥だらけである。
圭一郎も顔中泥だらけになりながら、必死に岩を砕き続けた。粉塵が目に入り痛くなっても、口の中に入り息苦しくなっても、ひたすら岩を砕き続けた。
苦しくてめげそうになると青田の顔を思い出す。そうすると再び闘志が蘇ってくる。
「クソ!負けてたまるか!負けてたまるか!」
圭一郎は泥まみれになりながら、まるで戦場でマシンガンでも放つかのように、ひたすら狭い鋼管の中で岩を砕き続けた。
地上からこの工事の様子を見ていた丸和工務店の現場監督達は、思わず息を呑んでしまった。これが本当にあの大人しい御曹司の圭一郎なのかと。六本木ヒルズにいた頃とはまったく様変わりしていたのだ。
元財務部長にも、父と同じくして土木の魂たるものが存在していたのだ。
「頑張れ!」
そんなエールがハンドブレーカーの音とともに夜通し鳴り響いた。
そして・・・。
3日目の午後10時。辺りは真っ暗と化し、灯光器だけが工事現場をノウノウと照らしていた。遂に管が到達したのだ。優太は到達口からアセチレンを使ってライナー鋼を丸く切断していった。そしてバールでライナー鋼をバリッと剥がすと、管の中にいた圭一郎が姿を現した。
「よっしゃあ!推せ!」
発信抗の吉村がマシンを動かすと、圭一郎は鋼管と一緒に到達口へと押し出されていった。
「やったぜ!」
優太はガッツポーズをすると、管の中の圭一郎をそのまま手で引っ張り出し、そして二人は固く抱き合った。
「野島!やったぜ!到達だ!」
「ああ!やった!やったぜ!」
なんともミラクルな西原開発工事のデビュー戦だった。そして後は青田の言うとおり、1ミリたりとも狂いがないかが問題であった。ここまでの測量では狂いは無かったが、実際どうなのか正式に測ってみないとわからない。
丸和工務店の現場監督は、レベルを設置して測量をし始めた。緊張が沸き立つ夜の工事現場。すると現場監督がニッコリとほほ笑んだ。
「OK!カリベンチから8,023ミリ!ドンピシャです!!!」
なんと西原開発工事は、こんな難しい工事を1ミリたりとも狂わせずに完了させたのである。
「やった!やったぜ!」
あたりはもう完全にお祭り騒ぎと化してしまった。これは優太の職人魂と、全員の必死な努力が産んだ結果であった。