8、親心と恋心(3)
帰りの電車で、そのような事をぼんやりと考えていると、突如、背後から右肩をポンポンと叩かれた。ふと振り返ると、姉の桜子がニッコリと笑って立っていた。
「姉さん!」
すると隣にいた娘の友香が「圭ちゃん!」と言って抱き着いてきた。
「友香ちゃん!」
「こらこら。圭ちゃんは疲れているのよ」
そして圭一郎は姉の桜子を自宅へと招いた。スヤスヤと眠る友香はまだ5歳である。圭一郎はそんな安らかな寝顔に終始癒された。
「友香ちゃん本当かわいいね」
「友香は圭の事が好きだからね・・・もうお父さんの前で圭ちゃん圭ちゃんと言って、もう大変なの」
「機嫌悪くなるだろ?」
「もう大変。そんな事言うと、何にも話さなくなるの」
「あはは。あ、そういえばこの間足柄の工事現場で青田さんと会ったよ。たまたま視察に来ていてさ」
「嫌がらせ受けなかった?」
「受けたよ。大変だったよ。まあ、なんとかなったけどね。あはは」
そして二人はしばらくの間、すやすやと眠る友香の寝顔を見つめた。
どれだけ時間が経ったのだろうか。圭一郎はふと昔話を始めた。
「昔、俺と青田さんと、仲良かったんだよなあ」
「そうだったね・・・」
「何でこんな事になったんだろう」
そう思うと圭一郎は悲しくなってきてしまった。考えてみれば大学卒業時に、プロ野球に行くのを止めて、丸和で一緒に頑張ろうって言ってきたのは青田であった。
『そうか。プロは諦めてくれるのか。一緒に丸和で頑張ろう。俺は圭一郎君を全面的にサポートするよ』
圭一郎が大学4年の頃、間違いなく青田はこのような事を口にした。しかし圭一郎と青田との関係は、年月を重ねるごとに冷え込んでいった。
圭一郎の父は決して息子を特別扱いしたりはしなかった。どちらかと言えば青田の方を可愛がっていたぐらいだ。しかし社内でも人気も高く『ゼネコン界のプリンス』として経済誌の取材が殺到していた圭一郎に対し、青田は嫉妬のようなもの感じていた。
青田にとって圭一郎は、バカ息子でなければならなかったのだ。そして自分はバカ息子の面倒を見る、可哀想な番頭でなければ存在意義を示せなかった。
しかし、情があって面倒見の良い圭一郎には、そのような人材は必要がなかった。
「そういえば圭、結婚したい相手はいるの?」
桜子はふとそのような事をいうものの、圭一郎としては何も答えが出なかった。綾乃から告白されてはいるものの、何故か綾乃に対して恋愛感情というものが全く沸かなかった。そして「う~ん・・・わからない」と、どちらでもない返事をしてしまった。
「そう、圭は尽くしてくれる人が一番いいと思う」
「どうして?逆だと思ってたよ。俺の方が尽くす方だから」
「ううん。圭の場合、尽くしてたらその人に流されてダメになると思う。やっぱり真面目でしっかりとした女性じゃなきゃダメ」
「う~ん」
尚更自分の事がわからなくなってしまった。
そして週末、圭一郎は綾乃と二人、日光へドライブに出掛けた。
「レンタカーなんて借りなくても私の車で行けばよかったのに」
綾乃はそんな事を言って、少し呆れた表情をした。しかしどうも軽自動車が自分の大きな体にフィットしないのか、圭一郎はプリウスをレンタルしてしまったのだ。
「プリウスの方が快適だよ」
圭一郎はそう言うと、サングラスをしながら悠々と東北自動車道を走る。圭一郎がサングラスをすると、なんともハリウッドスターのように恰好が良い。そんな圭一郎と一緒にいると、女優のような気持ちになれるのである。
「仕事順調そうだね」
「う~ん・・・でも優太ありきだよ。あいつがいなければこの事業は成り立たない」
「なんで優太が・・・ノンちゃんが小田社長と交渉したり、いろいろ経営の知恵を貸してあげたからでしょ」
「そんな事ないよ」
「そうよ」
「綾乃さんは、優太の悪いところしか知らないと思う。あいつは凄い奴だと思うよ」
「ふ~ん。あ、ねえねえ次のパーキングに寄って。道の駅があるの」
「あ、はいはい」
高速道路のパーキングの道の駅に立ち寄った二人。綾乃はいろんなものに興味を示す。蓑笠を手にとっては圭一郎に被せてみたり、センスの悪い新撰組の半被を着せてみたり。とにかく圭一郎に対して、まるでお父さんのように甘えるのである。
圭一郎自身、自分が綾乃に対してどのような気持ちを抱いているのかまだよくわからない。ただ、可愛い。力になってあげたい。そんな気持ちだけが綾乃に対してあった。しかしそれが恋愛感情かと聞かれると少し違っていた。
この気持ちは一体何なのか?
とにかく全く理解できないでいた。