12、奇襲攻撃(1)
港南学院は見事2年連続で、神奈川県大会決勝へと駒を進めた。
そして、決勝の相手は沢尻のいる湘陽大付属である。
決勝戦を控えた前日、港南学院高校は練習グラウンドで最後の詰めの練習をしていた。
清志朗は、人形を沢尻に見立てて、右足首にボールを当てる練習をしていた。
なんと命中率は95%!
そして周りはいつものごとく「チャー・シュー・メン」といいながらバッティング練習は素振りをしていた。
修二はひたすらセフティーバントの練習。
文麿は・・・・。
古屋監督からはとくに練習指示はなかった。
「なんで俺が勝敗のキーになるんだよ」文麿はそう思いながら、ひたすら守備練習をしていた。
決勝戦前夜、恵は陽一の家にいた。
そして二人はマンションのベランダで、ちっぽけだがどことなく情緒のある大船の夜景を見つめていた。
「いよいよ決勝だね」
「ああ」
「頑張ってね」
「ああ」
「どうしたの?ずっとぶっきらぼうに・・・」
「今年は去年のように楽しくないんだ」
「どうして?」
「去年はたった3人の野球部に入部してから、ひたすら甲子園に向かって突き進んでいたんだけど、今年は勝って当たり前なんだよなあ・・・」
「そんな事ないよ」
「そうだよ。ずっと勝たなきゃいけないというプレッシャーに追われてるんだよ。早く解放されたいよ」
「陽一・・・」
「何で俺野球やってんだろ」
「俺には野球の血が流れてる。でしょ?」
「まあ、そうなんだけどな・・・」
陽一は連戦続きで、少し疲れていた。
というかキャプテンとしての重圧に、疲れていたのだ。
負けでもしたら、徹底的に批判の矛先は陽一に向けられるからだ。
「陽一、大丈夫?」
「俺さあ、もともとキャプテンなんてした事がないんだよ。速見さんてなんでキャプテンやりながら、あんなに堂々としてたのかなあ・・・俺尊敬するよ」
また陽一の弱虫が始まった。
恵は陽一の事が、どうしても甲子園のスターには見えなかった。
夜の9時になったので、陽一は恵を大船駅まで送っていく事にした。
夜の大船駅前は帰宅ラッシュで物凄い人だった。
なにしろこの大船駅は、東海道線、横須賀線、京浜東北線という東京と神奈川を結ぶ主要電車が止まるのだ。
まさしくベッドタウンの中継基地である。
二人はその人だかりの大船駅を逆行しながら歩いた。
そして改札口付近にやってくると、恵は小さく手を振って「バイバイ、試合テレビで見てるから頑張ってね」と言った。
「ああ、頑張るよ」
恵は改札口を抜けようとした時、もう一度陽一を振り返った。
そして「今日はゆっくり休んでね」と言って微笑んだ。
「ありがとう」
恵は大船駅の改札口の向こうへと消えていった。
次の日、横浜は去年の決勝戦と同様、恐ろしい程の暑さだった。
大きな雲が立ち込める夏空の下、ここ横浜スタジアムでは港南学院と湘陽大付属の戦いが始まろうとしていた。
いよいよ神奈川県大会の決勝が始まる。
横浜スタジアムのウグイス嬢の選手紹介のアナウンスが鳴り響いた。
「港南学院、選手の紹介を致します。1番サード一ノ瀬君、2番ショート片岡君、3番センター徳永君、4番レフト遠山君、5番ファースト高瀬川君、6番ピッチャー大谷君、7番ライト北原君、8番キャッチャー山野君、9番セカンド利根川君・・・・」
選手が紹介される度に、1塁側応援席から「ワー」と言う歓声が沸きたった。
今日も由香子と弥生は応援席にいた。
オーロラビジョンに映し出される選手たちを見て、少し興奮気味だった。
恵も陽一の家の液晶テレビで、その放送を見ていた。
テレビからは実況がなされていた。
「今年の港南学院は、戦力的にみてどうでしょうか?」
「やはり全国大会の経験がある選手が多く、しかも徳永、遠山を中心としたクリンナップは昨年とほぼ同じというところが強みですよね。新戦力のピッチャーの大谷君もいいですね。とにかくコントロールが凄くいいです。そうは崩れないと思いますよ」
「これに対して湘陽大付属はどうでしょうか?」
「やはりこれは沢尻君に尽きるでしょう。なにしろここまで無失点ですからね」
「沢尻君の特徴とはどのようなものでしょうか?」
「まず2mの長身左腕というのは、日本人にはそうはいません。しかもスリークウォーターのフォームで、手も長いですよね。さらに150キロを越すスピードです。これは物凄く鋭角に食い込んでくるように見えると思います。打つのは困難だと思いますよ」
「ズバリどちらが有利でしょうか?」
「う~ん・・・私は、湘陽大付属の方が若干有利かと思いますが・・・まあそれでも僅差でしょうねえ」
恵は画面に映る沢尻の大きな姿を見て、驚いた。
なにせ2メートルの背丈である。
「こんなに大きいの・・・」恵の心の中に不安がよぎった。
そしていよいよ試合開始となり、ウ~というサイレンと共に、両校の選手達がホームベース付近に整列した。
そして一斉に礼をすると、港南ナインは各ポジションへと散っていった。
「頑張って、陽一、淳紀」
いつもとは違う雰囲気に、恵は緊張していた。