フォーエバー・フレンズ -249ページ目

12、奇襲攻撃(5)

横浜スタジアムに、どよめきが起こった。

なんと陽一がマウンドに立っているではないか。

「大丈夫かよ」と言う不安な声が上がったが、そんな声は陽一の投球練習で一蹴された。

電光掲示板に表示された球速は、なんと145キロ。

球筋が素直な為本業としては通用しないだろうが、一人ぐらいは抑えられると古屋監督が判断したのだった。

まさに小学校以来のマウンドであった。

試合再開となると、陽一は全力投球でストレートを投げ込み続けた。

そして下手くそながらも、なんとか2ストライクまで追い込んだ。

球速は速いが球筋が素直な為、これなら打てると判断した打者は、次の球に勝負を賭けようと思っていた。

すると淳紀がサインを出しながら、ウインクをした。

陽一は淳紀のそのサインに「うん」とうなずいてボールを投げた。

なんとその陽一の投げたボールはチェンジアップだった。

湘陽大付属の打者は、完全にタイミングを狂わされ、思いっきり空振りをしてその場に尻餅をついた。

「ストライク!バッターアウト!」

港南学院応援席から、歓声が起った。

「よし!」陽一は笑顔でそう言うと、グラブをバシっと叩いて、マウンドから走り去っていった。

4―4の同点に追いつかれた港南学院は、9回裏の攻撃を迎える事となる。

9回裏、ワンアウトで打順は文麿だった。

古屋監督は、文麿を呼び寄せた。

そして「文麿、なんとか3塁まで行け」と言った。

「なんで3塁なんだよ」

「ホームスチールを敢行する」

「なんだって?なんでそんな危険な事するんだよ」

「いや、ホームスチールの方が確実なんだ。沢尻は左投手で、モーションが大きいだろ。走塁の上手いお前だったら、80%ぐらいの確率で成功すると思う。タイムリーが出るより確率が高い」

「本当かよ・・・」文麿は半信半疑だった。

「この作戦が失敗すれば、ウチの負けだ。もうピッチャーがいない。この試合の勝敗はお前にかかっている」

文麿はバックスタンドの電光掲示板を、見つめると「わかったよ。一か八かやってみる」と言ってバッターボックスへと歩いて行った。

そして試合が再開された。

沢尻は少しへばっていた。

港南学院の執拗な攻めに、球数は140球を越えていたのだ。

その沢尻の初球、いきなり文麿はバントの構えをした。

「2度も同じ作戦に引っかかるか!」沢尻はそう言いながら、思いっきり前進してきた。

すると文麿は、なんとプッシュバントをしたのだ。

「なんだと!」

文麿の試みたプッシュバントは、小さな弧を描きながら沢尻の頭上を越えていった。

そして文麿は全力で一塁ベースへと走って行き、セーフとなった。

「やったぜ!」文麿は腕を高々に上げた。

そして次の打者修二は、バントで文麿を進塁させた。

2塁まで進塁すると、左投手である沢尻にとって、セットポジションの死角となる。

バッターは、港南学院ナンバーワンのスラッガーである陽一。

しかし陽一をバッターボックスに迎えると、湘陽大付属のキャッチャーは立ち上がった。沢尻は、陽一を敬遠することにしたのだ。

その時司は文麿にサインを送った。

「一ノ瀬君、走れるよ」

文麿は真剣な表情で、小さくうなずいた。

無警戒にゆっくりと敬遠のボールを投げる沢尻を横目に、文麿は思いっきりスタートを切った。

「なんだと!」沢尻は驚いたが、間に合わなかった。

文麿は3塁にヘッドスライディングで到達し、遂に古屋監督のミッションを達成させたのだ。

「よし、これで勝った」古屋監督は安堵の表情を見せた。

沢尻の長所、それは左投手である事と、長身でゆっくりとしたフォームからとてつもなく速い球が放たれる事。

しかしそれは裏を返せば弱点である。

左投手である為に、3塁まで到達すればランナーは大きくリードを取る事ができる。

そして長身投手はクイックモーションが苦手な者が多く、沢尻もクイックモーションが下手くそだった。

その下手なクイックモーションに輪をかけるような、ゆったりとしたフォーム。

沢尻は、今まであまり打たれてこなかった為、ランナーを3塁に置いた時の自分の弱点に気付いていなかった。

それらを条件に入れると、文麿ならホームスチールが高い確率で成功できると古屋監督は読んでいたのだ。

そしてこの作戦を、勝負を決める1点のためにとっていたのだ。

陽一が敬遠で歩かされると、次の打者は真である。

誰がクリンナップの打順でホームスチールをすると思うだろうか?

しかし文麿は走った。

沢尻の足が上がる前に、思いっきりスタートを切ったのだ。

「あっ!」沢尻は文麿のスタートに気付いたが、もうモーションに入っていたのだ。

そしてホームへ全力で投げたが、間に合わなかった。

文麿はザザザッと砂煙をあげてホームインしたのだ。

サヨナラホームスチールだった。

文麿がホームベース上でガッツポーズをすると、そばにいた真が文麿を思いっきり抱き上げた。

「文麿!やったぜ!」

「おう!」

そして一斉にベンチから選手達が飛び出してきて、文麿の頭をポカポカと叩いた。

やがてみんながモミクシャになっていった、

文麿はとても嬉しそうな顔で、笑っていた。

その姿を観客席の弥生は、拍手をしながらずっと見ていた。

神奈川県代表 港南学院高校 2年連続24回目の出場。

去年の決勝に続く、奇襲攻撃による勝利だった。

試合後、文麿は弥生と一緒に帰った。

電車に揺られながら、夕暮れの横浜の町を二人は見ていた。

「文麿さん、あのホームスチール凄かったね」

「俺が凄いんじゃねえよ。あれを考えた古屋のおっさんが凄いんだよ」

「でも、あれが出来る人ってそうはいないよ」

「どうなんだろうな」

文麿は、黙って横浜の町を見続けた。

実は文麿は、甲子園出場を決めたら、弥生に告白しようと思っていたのだ。

そして「弥生さあ、俺と付き合ってくれねえか?」と言った。

「えっ!」

「俺、弥生が好きなんだよ」文麿はポツリとそう言った。

弥生は黙って文麿を見つめた。

すると文麿は少し笑いながら「勿論今すぐ返事しろとは言わない。甲子園が終わった頃に返事を聞かせてくれればそれでいい」と言った。

「わかったよ。ちゃんと考えとく」弥生はそう言って、白い歯を見せた。