13、旧友(2)
そしてその日、恵は陽一の家に泊まった。
その日は8階の部屋の中に吹き込む夜の風が、とても気持ちよかった。
二人は一つの布団で寝ながら、夜更けすぎまで喋っていた。
「陽一、楽しんできてね。勝つ事だけが全てじゃないよ」
「ああ、そうだな・・・」
「負けても、胸張って帰ってきて。陽一を悪く言う奴がいたら、私がやっつけてあげる」
「あはは。大丈夫だよ。悪く言われるのは慣れてるよ」
「いつも元気な顔でいてね」
恵は陽一の顔をそっと撫でた。
陽一はしばらく黙っていた。
そして恵をそっと抱きしめると「恵、ごめんな」と突然言い出した。
「どうしたの?」
「俺、情けないだろ?弱音ばかり吐いてさ・・・」
「陽一・・・」
「俺、本当はダメな奴なんだよ」
「そんな事ないよ。私は陽一から沢山の力をもらって生きている」
「俺も恵から沢山の力をもらっているよ。恵がいるから、俺は甲子園に行けるようになれた」
「陽一、これからもずっと一緒にいようね」
「ああ」
そしていつの間にか二人は眠りについていった。
次の日、陽一は出発の時間を迎えた。
そして二人は、陽一の家の前にあるエレベーターのところにいた。
「駅まで一緒に行くよ」と恵が言うと、陽一は「ここでいい」と言った。
しばらくするとエレベーターがやってきた。
陽一はエレベーターに乗り込むと「じゃあ、行ってくるよ」と言った。
「うん、頑張ってきてね」
そしてエレベーターの閉まる間際に、陽一はウインクをしながら、拳を突き出し去っていった・・・。
「かっこいい・・・私の陽一・・・」恵はポワ~ンとラブラブモードに入ってしまった。
すると再びエレベーターの扉が開いた。
「ごめん、バット忘れてたよ」陽一はそう言って、笑いながら戻ってきた。
「何しに行くつもりだったの・・・」
恵のラブラブモードーはわずか3秒で終わってしまった。
新横浜駅で合流した、港南学院選手団は、『のぞみ新大阪行き』にのりこんだ。
そして陽一の横には、今年も真が座っていたのだ。
「また真の隣かよ」
「また陽一かよ。お前暑っ苦しいんだよ」
「お前もだよ!」
おおきな二人は、今年も密着するように座っていた。
真はお茶を飲みながら、窓から見える浜名湖を見つめていた。
そして真は思い立ったように「陽一、この大会が終わったら、俺学校辞めるよ」と言い出した。
「何でだよ。あと少しで卒業だろ?」
「春まで学校にいたんじゃ子供を育てられねえ。秋から近所の工場で働く」
陽一はそんな真の言葉を聞くと、しばらく黙って考え込んだ。
そして「真、それ11月まで待てないのか?」と言った。
「なんで11月なんだよ」
「ドラフト会議があるだろ」
「だからどうした?」
「お前、ひょっとして指名がかかるんじゃないかな?」
「んなわけないだろ。陽一ならわかるけどさ、俺は無理だよ」
「俺がスカウトなら、俺より真を指名するけどなあ・・・」
「お世辞はやめてくれ」
真は、プロ野球からのラブコールはいまだに無かった。
連日港南学院に、プロ野球関係者がやってくるが、一番のお目当てはやはり陽一で、その次のお目当てはなんと2年生の修二だったのだ。
修二は今や高校球界ナンバーワンの守備力と評価されていて、来年のドラフト候補に上がっていたのだ。
しかし真には全く声がかからなかった。
真の打球は陽一に比べて高く上がる為、スカウトマンの目からは飛距離不足に見えた。
評価としては「遠山は金属バットだから、ホームランが出る」というものだった。
だが陽一の真に対する評価は、それとは全く違っていた。
「俺より真の方が、バッティングセンスがあると思うんだよ」
「んなわけないだろ」
「いや、俺の場合は変化球の対応が下手なんだが、その点真は上手いからさ。きっとプロでも通用すると思うんだ。俺がここまで打てるのは、変化球の少ない高校野球だからだと思う」
「どうだか・・・」
「まあ、この大会の結果次第で、プロのスカウトも新学期には答えを出してくると思うよ。ちょっとぐらい期待してみろよ」
真は少し渋い表情をした。
その日の夕方、港南学院選手団は宿舎に到着した。