一、父と僕(第三話)
翌日は日曜日だった。
大磯の高台に聳え立つ墓地に、真治の母は眠っている。そしてその高台からは、美しく広大な相模湾が一望できた。
「凄くきれい!」
佐智子はその景色に、半ば圧倒されていた。
「そうか?」
「うん凄く綺麗。ここに真ちゃんのお母さんが眠っているんだ。ねえ綾、おばあちゃんに会えるよ」
「うん。綾、会いたい。おばあちゃんに会いたい」
「ねえねえ真ちゃん、お母さんのお墓は何処なの?」
「ええと、確かその角を曲がった・・・」
真治がそう言ってお墓の方を見ると、年老いた一人の男性が、お墓の前に立っている事に気がついた。
「親父・・・」
「えっ???」
年老いた男性もその二人の声に気が付き、振り返った。
「真治・・・」
なんと真治は、母の眠るお墓の前で、13年ぶりに父親と再会を果たした。
真治の父の名は雅史と言い、現在66歳。元高校教諭。13年前に真治が大磯の実家出て行ってからは一人暮らし。
13年ぶりにあった父は、あの頃と比べて頬は痩せこけ、シワもかなり増えた。なんとなく小さくなった気もする。
絶対に会いたくなかった父。しかし佐智子が半ば強引に、真治の父雅史を夕飯へと招待してしまったのだ。
しかし、佐智子の作ったご馳走を目の前にしても、二人はなんとなくぎこちなく。言葉はまばらだった。
「元気だったか?」
「うん。親父は?」
「ああ、元気だ」
しかし、そこから会話が続かず、ずっと黙り込んでしまった。するとその沈黙を裂くように綾が「ねえねえ。おじいちゃん。お医者さんごっこしよう」と言いだし、雅史の手を引っ張った。
「ああ。いいよ。じゃあ、おじいちゃんが患者さんやろうか?」
「うん、そうして。綾、先生やる」
子供の力とは偉大なもので、その場の凍りついた空気を一瞬にして変えてくれるものである。
綾が遊び疲れて寝てしまうと、真治と雅史は庭先に置いたテーブルで、麦焼酎を飲み交わした。
ぼんやりと見える、夜の相模湾。しかし二人の交わす言葉は、ここでも少なかった。
「なあ、親父」
「なんだ?」
「お墓からおじいちゃんの名前消えていたぞ。お墓に入れないのかよ」
「ああ。あんな親父・・・墓には入れない」
「何でだよ?」
「遺骨すら無いんだぞ。どうやって入れるんだ」
「遺骨が無くても、形だけでも入れてやれよ」
「うるさい」
「親父!」
「もうこれ以上親父の話はするな!」
すると二人の言動を見るに見かねた佐智子が、庭先まで出てきた。
「真ちゃん。喧嘩しちゃダメ」
佐智子にそう言われると、真治は思わず黙り込んでしまった。そして佐智子は「あの・・・おじい様のお墓って本当に無いのですか?」と雅史に聞いた。
「はい・・・私は父が嫌いです・・・」
「どうしてですか?」
「私の父は、戦争に加担した人間だった・・・」
「戦争???」
「父は海軍将校だった。そして神風特攻隊を指揮して、沢山の若者を死に追いやった」
「そ、そうなのですか・・・」
「そして最後。終戦直前に自ら特攻機に乗って戦死しました。それから半年後、私が産まれた。だから私は父の顔を知らない」
「・・・」
「父は死ねば終わり。でも残された家族には苦難の戦後が待ち受けていた」
「苦難?それってどういう事ですか?」
「戦後、私と母は、神風特攻隊の遺族から非難を受け続けた。父が沢山の若者達を死に追いやったと・・・家にやってきては、玄関先で泣かれるありさま。今でもあの遺族の姿が忘れられない。私達は殺人者の家族呼ばわりで・・・」
「・・・」
「死人は何も語らない。でも、残された人の気持ちはどうなるのか・・・だから私は教師の道を選んだ。教え子を戦場にだけは行かせてはならないと思って」
雅史のその言葉を聞くと、急に真治が反論をしだした。
「でもそれって仕方の無い事だろ?上からの命令だろ?」
「真治。お前は人の命を仕方がないの一言で片付けられるのか?」
「でも、おばあちゃんは、おじいちゃんのやった行為を責めたりはしなかった。誇らしく戦死したと言っていた。親父だけがおじいちゃんの事を悪く言う」
「とにかく・・・俺は父を許す事が出来ない・・・沢山の若者を・・・」
真治は父の雅史の事を憎み、また雅史も同じように自分の父親の事を憎んでいた。まさに親子3代に渡る憎しみ合戦である。
おじいさんは戦時中、特攻隊を指揮し最後は自らが戦死した。正義感の強い雅史は、たとえそれが上からの命令であったとしても、その父の行為を許すことが出来なかったのだ。
その恨みは、66年経った今でも続いていた。