一、父と僕(第四話)
雅史が家に帰ると、真治と佐智子は和室の寝室で、布団を並べて寝転んでいた。
「真ちゃん。眠れないの?」
「うん」
「お父さんの言った事?」
「ああ。本当に堅物な親父だ。66年前に死んだ者まで恨むなんて、よっぽど執念深いよ。死んだおばあちゃんは、おじいちゃんの悪口を許さなかった。悪口を言おうものなら、おじいちゃんはお国の為に立派に戦って戦死したと言っていた」
「そうなの」
「うん。親父は日教組の教師で、卒業式の国歌斉唱も拒んだ。日の丸にも背を向けた。生徒の為の卒業式なのに、自分のやりたい放題。あんな奴常識知らずだよ。常識も知らない人間が偉そうな事言うなって言ってやりたい」
「・・・」
「俺はサラリーマンだから、当時のおじいちゃんの立場もなんとなくわかるんだ。上官の命令だろ?仕方ないんだよ」
すると突然佐智子が「ふふふ」と言って笑い出した。
「な、なんだよ」
「お父さんも真ちゃんもお互いよく似てるんじゃないの?頑固者同士で」
「なんで。あんな親父なんかと・・・」
「あのね・・・真ちゃんこの間小説書いて私に見せてくれたじゃん?」
「ああ、『家族の絆』か?」
「うん。真ちゃんの小説って、これまで主人公に親がいなかったの。でもあの小説で、初めて親が出てきた」
「そうだっけ?」
「うん。本当はお父さんに会いたかったんじゃないの?だから大磯に引っ越そうって私に言ったんじゃないの?」
「・・・」
月曜日、真治は昼食を食べ終えると、いつも通り喫煙室で一服していた。
『本当はお父さんに会いたかったんじゃないの?だから大磯に引っ越そうって私に言ったんじゃないの?』
昨夜佐智子の言った言葉が、ずっと頭から離れないでいた。
憎しみと愛情は裏返しなのではと。本当は自分自身、どこかで父親を求めているのではないかと考えていた。
すると同僚の桑谷が、喫煙室へと入ってきた。
「ダメだな。俺たちって本当に禁煙できないな」
「そうだな・・・」
うつむき加減にそう言う、少し元気の無い真治の姿を見ると、桑谷はその顔を覗き込むようにして語りかけた。
「久保川どうしたんだよ?」
「なあ、桑谷。お前は神風特攻隊ってどのように思っている?」
「なんだよいきなり」
「なあ、どう思う?答えてくれ」
「そりゃあ・・・テロだろ」
「テロ?」
「自爆テロと何ら変わらないだろ」
「テロとは無差別に一般庶民を攻撃するんだぞ。特攻隊は、一般庶民を攻撃したんじゃない。ターゲットはあくまでアメリカ艦隊だ。これの何処がテロなんだ?」
「無意味な自爆行為。テロと何ら変わりはないさ」
そう言うと、桑谷はタバコの煙をふうっと吐き出した。
「・・・」
特攻隊員がテロリスト。
そんな桑谷の言葉は決して少数派ではないと思う。何故なら誰しもが現代教育において、大東亜戦争は不当であると学んでいるからである。その不当な大東亜戦争を戦った自爆戦法の隊員達を、人はクレイジーと感じるであろう。
その日は午後から雨が降り始めた。そして真治は、国会記者クラブへと向かう事となった。
とある政治家が、外国人から政治献金を受け取っていたらしく、その件で党幹事長が記者会見を開く事になっていた。
最近の政治家は私利私欲のあまり、日本の為でなく外国の為に政治をするようになってしまった。全くおかしな社会である。
真治は肩に、大きなカメラ道具を下げながら、大手町の大東京新聞の事務所を出た。そしてタクシーを止めようと思い道路脇に立ったが、どうもこの時間帯は逆車線の方がタクシーの通りがよいらしい。
結局タクシーを止めるために、逆車線へ向う事となった。
歩行者用の信号が赤から青に変わると、真治はぼんやりとしながら横断歩道を歩き出した。
するとその時、左折して交差点に進入してくる一台の2トントラックが、高速で真治目掛けて走ってきた。だが真治はそのトラックの存在に全く気がつかなかった。
キキキイイイー!と言う急ブレーキの音。驚き気付き振り返ると、もう既に遅かった。
「うわあああ!!!」
ドン!
なんと2屯トラックは、真治を跳ね飛ばしてしまったのだ。そして、雨に濡れた大通りのアスファルト上で、真治は気を失った。