フォーエバー・フレンズ -199ページ目

一、父と僕(第二話)

大手町に所在する大東京新聞社は、全国新聞ではなく、東京地区だけを販売網とする地方紙である。

真治は近くの中華料理屋で、昼食のラーメン定食を食べ終えると、同僚の桑谷とともに、大東京新聞社の喫煙所でタバコを吸っていた。

「久保川。明日の記事出来たのか?」

「ああ。今さっきな」

「編集長からどういう指示が出たんだ?」

「キャティーコーポレーションのインサイダー記事は、なるべく小さめにしろって言われた」

「またかよ!」

「まあ、いつもの事だよ。キャティーは大口スポンサーだからさ」

「でもよ、悪いことしてるんだぜ?」

「仕方ないよ。結局俺達サラリーマンだからさ」

「この間だってウィルハムの政治献金を・・・」

「仕方ないだろ」

そう言うと真治は、少し口を尖らせながらふうっとタバコの煙を吐き出した。そして吸殻入れに吸っていたタバコを放り込むと、喫煙所をさっさと出て行った。


キャティーコーポレーションは、大手製薬メーカーである。しかし先日、新薬販売情報を外部に漏らしたとして、インサイダー取引の疑惑がたっている。

国民が注目するこの事件。本来なら一面に載るであろう。しかし大東京新聞社の方針としては、キャティーコーポレーションの記事を、大々的に載せないという事で纏まっていた。

大口スポンサーであるキャティーの怒りを買いたくない一心なのだ。


結局真治は、上層部の言う通りの記事を書いた。


スポンサーの顔色ばかり伺い真実を隠す。自分が間違った事をしているのは百も承知だ。でも仕方が無い。これは会社の方針だ。

『仕方が無い』という言葉を何度も繰り返しながら、混沌と生きてきた。そして『仕方が無い』を繰り返しながら順調に出世もしてきた。

決して仕事が出来る訳ではない。仕方が無いと開き直れるから出世出来ただけだ。

そこには報道としての誇りなど何一つとしてなかった。




勤務を終え、大磯駅にたどり着くと、佐智子と娘の綾が軽乗用車で迎えに来てくれていた。そして真治が車の助手席に乗り込むと、綾がニッコリとあどけない笑みを見せた。

「パパお帰り」

「お帰り真ちゃん」

「ただいま」


大磯駅から車で10分程行ったところに、自宅がある。

そして真っ暗な住宅街の坂道を車で上っていると、突然佐智子が話し出した。

「真ちゃん。明日行くでしょ?」

「えっ?何処に?」

「ほらこの間言ってたじゃん。お母さんのお墓参りをするって」

「あ・・・そうだった・・・」

「ダメじゃん。全然覚えてないじゃん」

「ごめん・・・」

「ねえ真ちゃん。お父さんに会わなくていいの?」

「会う理由無いだろ」

「だって私、真ちゃんのお父さんの顔一度も見てないんだよ?こんなんでいいの?」

「いいんだよ。あんな親父・・・」

「すぐ近所に住んでいるんでしょ?私はちゃんと挨拶したいの。いい加減大人になって欲しい」

「・・・」


真治にとって、父親の話はタブーだった。

不仲は、大きな出来事が発端でなった訳じゃなく、ほんの小さな出来事が長い年月をかけ積み重なり、大きな石灰岩となってしまったのだ。


生まれてから一度も父親から褒めてもらった事がない。高校に入学しても、「そんなの当たり前だ」の一言。青山学院大学に合格すると「俺の時代はお金が無かったから国公立大学にしか行けなかった。私大に行かせてもらうだけでも感謝しろ」と言われた。

新聞社への就職が決まると「そんな歪んだ仕事するな」とも言われた。

高校教師だった堅物の父親。とにかく何事も否定的。そんな父と同居という環境の中で生きていくのはもう限界だった。そして大学を卒業すると、僕は真っ先に家を飛び出したのだ。


夕飯を食べ終え、綾を寝かせると、いつものように自室に閉じこもり小説の執筆をする。

机の上に置いたスタンドライトの光だけの真治の自室。窓からは今日も心地よい夜風が吹き注ぐ。

別に小説家になりたいという訳ではなく、ただ執筆という行為が、一つの現実逃避となるからだ。自分の作り上げた空想の世界に浸る程心地よいものはなかった。


「真ちゃん」

佐智子がそう言いながら、コーヒーを持って薄暗い真治の部屋へと入ってきた。

「ねえ、真ちゃん。明日お母さんのお墓に行くでしょ?」

「うん。行くよ」

「ねえ、どんなお母さんだったの?」

「お袋?」

「うん」

「・・・・そうだなあ・・・良く覚えてない・・・まだ小2だったから。ただよく怒られたのは覚えているよ」

「そうなの・・・」

「お袋が生きている時は、親父は優しかったんだ。でも、お袋が死んでから、親父は急に厳しくなりだした。何事も否定的な事ばかりでさ・・・」

「ねえ、私、お母さんの話聞いているんだよ?」

「あ・・・」

「真ちゃんいつもお父さんの話ばかり。本当はお父さんの事が好きなんじゃないの?」

「・・・」