三、未来から来た新聞記者(第十話)
7月に入っても梅雨はまだ明けず、鹿屋の空はどんよりとした曇り空。しかし、特攻隊員の表情は明るかった。
「はい。お国の為、妻、娘を守る為、特攻隊に志願しました」
そう語るのは、先月25歳になったばかりという『大島勇太郎』という若者。彼は25歳とは思えないようなしっかりとした口調で淡々と話す。
真治は手帳片手に、その大島という特攻隊員へインタビューをしていた。
「娘さんはおいくつですか?」
「はい。まだ3歳です」
「娘さんとお別れする訳ですが・・・」
「はい。つらい事です。でも、お父さんがなんとかしてこの国を守ってあげないといけないと思っています」
「死ぬのは怖くないのですか?」
「怖いです。しかし、男として生まれてきた以上、死ぬ意義というものを持たないと行けないと思っています」
「死ぬ意義ですか?」
「そうです。立派な死に方をしたいのです。お国の為、家族の為にも立派に戦いたいのです。第一私達が立ち上がらないでこの国はどうなるのですか」
「・・・」
「たとえ私が死んだとしても、妻や娘には私が生きていたという記憶が残ります。そしてこの国にはまた花が咲き、そして川の水は流れ続けます。この大島勇太郎という男が生きていたという軌跡があればそれだけで十分です」
そういうと大島は、とても優しそうな笑顔で微笑んだ。
すると部屋の扉がバタンと開いた。驚き振り返ると、久保川大尉が扉の横に立っていた。
「大島。出撃命令だ」
「は!」
そういうと大島は、起立し敬礼をした。
そして真治を見るとニッコリと笑った。
「久保川さん。いろいろと有難うございました。大島はこれより敵艦に向け体当たりを敢行します」
「大島君・・・」
「これからも我々の記事を宜しくお願いします。そして未来の世界にしっかりと伝えてください」
そう言って大島は、部屋を立ち去ろうとした。すると真治は大島を呼び止めた。
「大島君。ちょ、ちょっとまってくれ」
「なんですか?」
「最後に君の写真を撮りたいんだ」
真治がカメラを手に持ってそう言うと、大島は再びニッコリと微笑んだ。
「お願いします。もし可能であれば、娘に私の写真を渡してください」
「わかった」
「無理はしなくていいですから」
「いや、必ず渡すよ」
そう言うと真治は、大島のその逞しく優しい姿を、デジカメでパシャパシャと撮影した。
そして固く握手を交わすと、大島は久保川大尉とともに部屋を去って行った。
彼らのほとんどが国を守るためと言って、『特攻隊に志願する』に○をつけていた。
何かの為、誰かの為に、自らを犠牲に出来るこの心。しかも皆自分より一回りも年下である。
僕はこの歳まで仕方が無いばかり言って生きてきた。いや僕だけではない。ほとんどの人がそんなものだろう。
彼らは本当に僕と同じ日本人なのだろうか?
いや、これが本来の日本人だったのかもしれない。
我々は豊かさというものに甘んじ、自らの権利ばかりを主張し、何かの為に犠牲心を払う事すらもない。
口先ばかりの浅い理論ときれい事を振りかざし、心は私利私欲の塊。
その姿、卑怯極まりなく薄汚く。
彼に教えられた事。
死ぬ意義。
人は誰しもが生き延びたいという願望を持つ。しかし、その命もいつか必ず朽ち果ててしまう。
彼は蝉のような短い命であろうとも、今日この一瞬を誰よりも力強く生きている。
そして妻の為、娘の為、国家の為に、彼は今現世を旅立とうとしている。まさに男の中の男なのかもしれない。自分には絶対に真似の出来ない事である。
そしてその日、大島は爆弾を搭載した零式艦上戦闘機に乗り、この鹿屋基地を飛び立って行った。真治は大島の操縦する戦闘機が夕焼け空に消えるまで、その姿をずっと見つめていた。
久保川大尉は指令室の椅子に座り、Ipodで森山直太郎の『さくら』を聞きながら、この鹿屋基地から飛び立つ特攻機の姿を連日のように見つめていた。
そして特攻機が飛び立つと、机の上に置いていた隊員名簿に書かれてある名前を、墨で黒く塗りつぶした。
その姿、悲壮感に漂うわけでもなく、勇ましいわけでもない。至ってリラックスした表情で、粛々と飛び立っていった隊員の名前を墨で消していた。