フォーエバー・フレンズ -190ページ目

三、未来から来た新聞社(第十一話)

ある日真治は、虎之助君とともに飛行場の草を刈っていた。すると上空からいつもとは違う形の戦闘機が飛来してきた。

「紫電21型だ!」

虎之助君は、キラキラと目を輝かせながら、空を指差した。

「紫電21型?」

「はい。最新の戦闘機なんです。あの戦闘機ならグラマンに勝てると思います」

「そうなのか」

そしてその紫電21型と呼ばれる戦闘機は、鹿屋飛行場の滑走路へ緩やかに着陸をした。

姿形は、零式艦上戦闘機に比べてややずんぐりむっくり。プロペラは4枚。さらに『自動空戦フラップ』という装置が付いていて、若年パイロットでも一定の戦果を上げられる優れもの。

これぞまさしく川西飛行機社開発の次世代型戦闘機『紫電改』である。

するとその飛行機からスラリと背の伸びた一人の飛行服姿の男が降りてきた。その男は、なんと久保川大尉であった。

「久保川大尉!」

真治はそのエスキモーのような久保川大尉の飛行服姿を見て、驚き目を大きくさせた。しかし久保川大尉は、至って淡々としていた。

「久々に飛行機に乗った。いや、いい戦闘機だ。もう少し早く開発されていたらよかったんだがな」

そう言うと久保川大尉は、うっすらと笑みを浮かべた。

「この戦闘機は、特攻隊員には乗せられないんだ」

「何故ですか?」

「これはあくまで本土防衛用として導入された。だから1000時間以上の飛行訓練を要する」

そんな説明を聞きながら、虎之助君は羨ましそうな顔で、その新型戦闘機を見つめていた。

その夜、真治は久保川大尉に呼ばれた。すると久保川大尉は少し酔っ払っていた。

「俺は真珠湾攻撃に参加したんだ!零式艦上戦闘機にのって、アメ公を機銃掃射だ!バババってな。わははは!」

「・・・」

「それから、オーストラリアのポートダーウィンも爆撃。スリランカのセイロン基地も攻撃。わが帝国海軍はわずか半年間で地球の4分の1を支配したんだ。そうだ!南太平洋海戦では、空母ホーネットを撃沈してやったのさ!」

「あの・・・久保川大尉」

真治は、そんな久保川大尉の自慢話を裂くように、手を上げて質問をしだした。

「質問があります。日本は何故このような戦争を始めたのでしょうか?この戦争は後世まで災いを残しているのです。66年後の世界でもうらみつらみが残っているんです。教えてください。この戦争の意義はなんですか?」

真治に質問された内容を聞き、久保川大尉を思わず黙り込んでしまった。

ランプの明かりだけが灯る薄暗い司令室。久保川大尉は、先ほどとは違って真剣な表情で話し出した。

「それは・・・この戦争は国民の意思だからだ」

「国民の意思?」

「元々海軍はこの戦争に反対していた。亡き山本五十六元帥もそうだった。しかし、帝国臣民の意向が対米開戦なのに、海軍だけが戦争をしないと言い切れるのか?我々は海賊ではない。国の意向に沿って戦争を遂行する海軍だ」

「・・・」

「昭和16年になると、新聞もアメリカと戦争をしろと言わんばかりの記事ばかり書き、少しでも対米戦に反対すれば非国民呼ばわりだ。山本閣下も結局開戦に踏み切らなくてはならなかったのだと思う」

そう言うと久保川大尉は、寂しげに司令室のランプの明かりを見つめ続けた。

「久保川、お前は66年後の新聞記者だな。もしお前が66年後に戻れたら、真実をしっかりと伝えられる記者になってくれ」

「久保川大尉・・・」

「国民というものは、新聞やラヂオで考え方を決める。だから報道で何の根拠もなく『帝国に確信あり』なんて書けば、民意はそれに傾くものなんだ。民意が傾けば政府も軍も傾く。政府というものは、国民に支持されない事はやらないものだ。政治とは国民の意思だ」

戦争の原因。

教科書では、軍部の台頭、ファシズムの成立が原因と書かれてある。さらに国民は軍に騙されて戦争を支持したと教えられる。すべては軍が悪いとされてきた。

しかし久保川大尉・・・いやおじいちゃんは、この戦争は国民の意向に沿ったものであると言う。もしも久保川大尉の言っている事が正しければ、我々は間違った認識をしている事になる。この戦争は誰が悪いのではなく、民主主義的に決められた戦争と位置づけされるのだ。

つまりこの戦争は国民全体に責任がある。国民一人一人が軍部に騙されたと言って、逃げているにしか過ぎなかったのだ。

責任者が逃げ続けるから、66年経った今でもこの問題を解決できないのである。

28歳という若さのおじいちゃん。僕のおじいちゃんはこの戦争を客観的に見る力があった。決して父の言うような野蛮な人間ではない。

そして僕は、新聞記者としての自分の仕事ぶりに恥を覚えた。僕の書く記事は数万人の都民が読む。間違った事を書いてしまえば、国民も間違った認識を持ってしまう事になる。

これまでなんとなく会社の意向に沿って記事を書いていた。それはサラリーマンだから仕方が無いの一言で済ませていただけである。そしてもし、会社命令で戦争支持の記事を書けと言われたとする。今の僕なら絶対に書くだろう。

何のポリシーも無く、なんの正義感も無く、ただ給料欲しさに記事を書く自分は、悪に加担している以外何者でもない。

そしてそこにはマスコミとしての責任感や使命感が全く無い。