四、大空のサムライ達(第十五話)
正一は今日も戦闘機の清掃を行っていた。そんな姿を見て真治はなんとなく心配な気持ちになっていた。
彼を放っておけば、間違いなく数日後には特攻機に乗る。
しかし最後に焼津のご親族に会うべきではなかろうか?
本当にこのまま別れさせてもよいのだろうか?
そして我慢が出来ず、真治は遂に口を開いた。
「正一君。焼津に行ってみないか?」
「ダメです。任務がありますので」
そう言うと、正一は黙々と機体の清掃を続けた。
「人間だから泣くのは当然の事。泣いてもいいから君の姿を最後に見せるのは、最大のお姉さんに対する孝行だよ」
「・・・」
「弟さんも妹さんも、きっと正一君に会いたがっている。みんな一時帰郷するのに、君だけがしないなんて」
「もうやめてください!」
「正一君・・・」
「これ以上言われると、泣いてしまいそうですから」
そう言うと正一は少し涙目で微笑んだ。
一度は別れを告げた故郷。この時代、誰もが生きて帰っては来れないと覚悟を決めていた。
まだ若干20歳の正一。
彼も他と同じくして、故郷に別れを告げ出征してきた男であった。
すると突然久保川大尉が、二人の目の前に現れた。
「大前。本日午後1時出撃だ!」
「はい!」
そう言うと、正一は久保川大尉へ敬礼をした。
その姿を見て真治は慌てふためいた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんだ久保川?」
「お願いです。本日の出撃を見合わせてください」
「ダメだ。一新聞記者が作戦に口を挟むな」
「お願いです。最後に焼津のご親族に会わせてあげてください。お願いします!この通りです!」
その言葉を聞くと久保川大尉は、少し考え込んだ。
そして「大前。お前はまだ家族に最後のお別れをしていないのか?」と聞いた。
「いえ、大丈夫です!予定通り出撃させてください!お願いです!」
真治は帰郷させてやってくれとお願いし、正一は出撃させてくれとお願いする。
久保川大尉は「う~ん」と言って、上の空でしばらく考え込んだ。そして少し経つと「大前、焼津に帰れ」と言った。
「いえ、帰りません!」
「帰れ」
「帰りません!」
すると久保川大尉は、なんとピストルを取りだし正一に手渡した。
「これは上官命令だ。上官の命令に従えないならここで自決しろ」
「久保川司令・・・」
「いずれは誰しもがあの世に行く。お世話になった方へ最後のお礼を行うのは、人間としてあるべき姿。意地を張る事は自分勝手な心だ」
そう言うと、久保川大尉はいつものようにぶらぶらと歩いて去って行った。
正一は、久保川大尉から手渡されたピストルをじっと見つめていた。
そして結局正一は、一時焼津に帰郷する事となった。
焼津の海はとても美しく、太陽の光を反射しキラキラと光り輝いていた。まさしくこれぞ宝の海である。
蒸気機関車は、海沿いをシュボシュボと音を立てながら走り行く。そして列車は焼津へとたどり着いた。
駅に着くと、姉の智子が正一を出迎えてくれた。
「正一!」
智子はそう言って、とても嬉しそうな顔をしながら手を振って走ってきた。
「智子姉さん!」
そして二人は、焼津駅のプラットホームの上で見つめあった。
「よかった。生きて帰ってきてくれて。もう帰って来れないと思ってた」
「たまたま帰郷を許されました。大前正一只今帰ってまいりました」
「こらこら。私は上官じゃないのよ。今日はかつおを用意しといたからね。みんなで食べよう」
配給制のご時世。かつおはとても貴重な食材である。
智子は職場の社長の配慮で、一匹のかつおをいただいてきた。そして手際よくさばくと、その生のかつおを夕飯のちゃぶ台に出した。
「正一、焼津のかつおは美味しいよ。こんなのは軍隊では出ないでしょ」
「うん。まず出ない。大体海苔巻きと缶詰だよ」
「そう、でも海苔巻きが食べられるだけでもよしとしないとね」
すると正一の弟と妹がやってきた。弟は14歳、妹は12歳。
「正一兄さん!おかえり!」
「兄さん!おかえり!」
そんな二人の姿を見て、正一は大喜びで二人を抱きしめた。
「義男!せつ子!ただいま!兄ちゃん一時帰郷で帰ってきたぞ!」
美しい焼津の町に、愛すべき家族。
二度と故郷には帰って来ないと誓った正一。しかし今、現世の最後に家族と会えて本当によかったと、正一は心からそう思った。そして家族と会う事を勧めてくれた真治へ、心から感謝の気持ちを持った。