四、大空のサムライ達(第十六話)
そしてその晩、弟と妹が寝静まった後、正一は智子に自分が神風特攻隊に志願した事を告げた。
「そんな・・・敵艦に体当たりするなんて」
智子は思わず言葉を無くしてしまった。しかし正一はしっかりとした口調で「はい」と言ってのけた。
「正一は爆弾じゃないのに!」
「お国の為に立派に死んできます」
「そんな!」
「智子姉さん。この歳まで育てていただいて本当に有難うございました」
正一が笑顔でそう言うと、智子の目から涙がこぼれ落ちた。
「・・・本当は戦争なんて行って欲しくない。巷では一億玉砕なんて言っているけど、自分の家族の死を喜ぶ人なんて何処にいるの・・・」
「・・・」
「死んだお母さんは、真治を戦争で死ぬ為に産んだんじゃない・・・」
「智子姉さん。今は国難なのです」
「アメリカになんて初めから勝てない!」
「姉さん!」
「何で若い人ばかりが死んでしまうの・・・どうして何の罪もない若い人ばかり・・・どうして!」
智子はそう言うと、顔を両手で押さえながらシクシクと泣いた。しかし正一はニコリと笑い、姉の細い肩を両手でしっかりと掴んだ。
「智子姉さん。僕は日本民族の存亡を掛けて戦います。それがたとえ小さな抵抗であったとしても戦います。智子姉さんや義男やせつ子が、アメリカの奴隷になるなんて僕は耐えられない」
「正一・・・」
「智子姉さんわかってください。そして、義男とせつ子には、自分がお国の為に立派に戦ったと伝えて欲しい」
早朝、焼津の町には雨が降り注いでいた。
それはまるで正一との最後のお別れに、焼津の空が涙を流しているかのようであった。
弟と妹が寝静まっている間に、正一は旅立つ事とした。二人の前で泣いてしまいそうだったからだ。
涙は見せたくない。男らしく散りたい。それが正一の気持ちであった。
「正一、傘を持っていきなさい」
智子がそう言うと、正一はゆっくりと首を横に振った。
「いいよ。持って帰って来れないから・・・」
正一が寂しげな笑顔でそう言うと、智子の目からは大粒の涙が溢れ出た。
「それでもいいから持って行きなさい!」
智子はそう言って、正一の手に黒い傘を無理矢理手渡した。
「ありがとう・・・智子姉さん元気で・・・」
そう言うと正一は黒い傘をさし、雨の焼津の自宅を後にした。
空を見上げると大粒の雨。正一は、誰にも見られぬよう顔をクシャクシャにして泣いた。
いよいよ大前正一君の出撃の日がやって来た。そして大野中尉は敵艦付近まで、正一の援護を行う事となった。
「大野中尉。援護宜しくお願いします」
「ああ、敵艦まで絶対に連れて行ってやる。もし途中で攻撃されたら、俺が体当たりをしてでも守ってやるからな。だから立派に死んでこい」
そして飛行服姿の二人は、固く握手を交わした。
鹿屋飛行場には5機の特攻機が並べられてあった。これから特攻攻撃に出撃する若者達の乗る飛行機である。
そして5人の特攻隊員は、綺麗に横に並んで歌いだした。
海ゆかば水漬く屍
山ゆかば草むす屍
大君の邊にこそ死なめ
かえりみはせじ
そして万歳三唱の声。
「天皇陛下万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
それが終わると、若き特攻隊員は、次々と飛行機に乗り込んでいく。そんな姿を真治は連日のように、デジタルカメラで撮影していた。
するとこれから出撃をしようとする正一が、真治の方へと歩み寄ってきた。
「正一君!」
「久保川さん。本当に有難うございました。あなたがいなければ、僕はきっと後悔していたと思います」
「うんうん」
「思い残す事はもう何もありません。これから大前は敵艦に体当たりしてまいります。素晴しい未来。そして生まれてくる祖先の為。大前は思う存分に戦ってきます。本当に有難うございました」
そう言うと正一は真治に深く頭を下げた。そしていつものようにニッコリと笑うと「それでは元気で」と言って、特攻機に向って走って行った。
真治は正一が飛び去っていくまで、その勇姿をとらえようと、一眼レフデジカメのシャッターを押し続けた。
そしてその日、正一は大空へと消え、空の英霊となった。