五、慰問曲(第十八話)
そして次の日も、またその次の日も、特攻機は鹿屋飛行場を飛び立っていった。
そして8月1日。一つの訃報が届いた。
大野中尉が戦死したのだ。
この日、大野中尉は特攻機の援護の為に出撃していたが、途中敵戦闘機と遭遇してしまった。
そして特攻機を敵戦闘機から守る為、大野中尉は航空戦の末、なんと体当たりを敢行したのだ。
日頃より「敵戦闘機に遭遇したら、俺が体当たりをしてでもお前らを敵艦隊まで行かせてやる」と言っていた大野中尉。彼は口先だけではなく、本当に体当たりをして特攻機を守ったのだ。
彼こそが真の大空のサムライだったのかもしれない。
真珠湾攻撃、ポートダーウィン爆撃、コロンボ爆撃、サンゴ海海戦、ソロモン海戦、南太平洋海戦、マリアナ沖海戦。
主要海戦には、ほとんど参加したという大野中尉。本来なら生きている方が不思議だったのかもしれない。きっと彼は、自分もいずれ死ぬ事をわかっていた。そして特攻機を守る為の特攻攻撃。彼らしい立派な最後であった。
ある日の事。
久保川大尉は、全隊員を鹿屋基地の講堂へと集めた。
そして壇上に立つ久保川大尉は、普段のようなぶらぶらとした態度ではなく、堂々とした姿勢で話し始めた。
「聖戦から始まったこの戦争も、あと半年で8年目を迎えようとしている。その間、沢山の者が英霊となり、沢山の者が軍神となっていった。我々は、その者達の死を決して無駄にはしない。人間の一人一人の力は小さくそして弱いものである。しかし、帝国軍人である諸君らのその小さな力の結集は、米兵達に多大な恐怖を与え、そして多大な損害を与えた。その勇気は、皇国臣民として誇り高きものである。しかし、東シナ海、太平洋と、米艦隊の数は計り知れないものである。今後も諸君らの勇気ある行動に期待したい」
一通り演説を終えると、久保川大尉は少し笑みを浮かべた。
「それと今夜7時。この会場にて諸君らへ日頃からの労いとして、ささやかではあるが宴の席を設けさせてもらう。普段から飲みたい酒を我慢し、食べたい食事を我慢していただろうが、今夜は思いっきりハメをはずしてくれ」
そう言うと、あたりから「やったー!」と言う声とともに、拍手が沸き起こった。
そして夜の7時。
鹿屋基地の講堂では宴が始まった。
日頃より我慢していた酒。全隊員は、浴びるようにしてお酒を飲んだ。
そんな中、久保川大尉は酔っ払って真治にからんできた。
「おい、久保川!飲め!」
「あ、はい・・・あの・・・」
「なんだなんだ!また辛気臭い顔してよう」
「今、敵が来たらどうするのですか?」
「ほっとけ」
「ほ、放っておく???」
「どうせいつかは死ぬ身。飛行機が爆撃されて無くなれば、最後は竹槍でも持って玉砕してやろうか。わははは!」
「そんな・・・」
酔って気が大きくなっているのかは分からないが、久保川大尉の豪胆さに思わず圧倒されてしまった。
そして夜10時。宴も酣に差し掛かろうとしていた頃、久保川大尉が壇上へと立った。
「よし!みんな!歌を歌おう!」
「おー!」
すると全員が肩を組んで「同期の桜」の合唱を始めた。
貴様と俺とは同期の桜
同じ兵学校の庭に咲く
咲いた花なら散るのは覚悟
見事散りましょう国のため
貴様と俺とは同期の桜
同じ兵学校の庭に咲く
血肉分けたる仲ではないが
なぜか気が合うて別れられぬ
貴様と俺とは同期の桜
同じ航空隊の庭に咲く
仰いだ夕焼け南の空に
今だ還らぬ一番機
貴様と俺とは同期の桜
同じ航空隊の庭に咲く
あれほど誓ったその日も待たず
なぜに散ったか死んだのか
貴様と俺とは同期の桜
離れ離れに散ろうとも
花の都の靖国神社
春の梢に咲いて会おう
一通り歌を歌い終えると、久保川大尉が再び壇上に立った。
「諸君!軍歌はもう聞き飽きただろう。そこでだ。本官はこれから諸君らに未来の歌を聞かせてやろうと思う。みんな聞いてくれ」
そう言うと久保川大尉は、壇上にあるピアノの前に座り、優雅に演奏を始めた。
その曲の伴奏を聴いて真治は「はっ」と思った。なんとその曲は森山直太郎の『さくら』だったからだ。
毎日毎日IPODでその曲を聞き、練習していたのだった。
久保川大尉が歌う『さくら』。
それは、日頃の彼からは想像もできないような甘い声。そしてその歌を聴くと、各隊員達の目から涙がポロポロとこぼれ落ちた。
誰もが故郷を捨て、家族も捨て、この戦いに参加した。
死んでいった戦友。空襲で亡くなった家族。
そんな者達の思いが一気に込み上げてきた。
桜はいつの時代も、日本人にとっての心の花であった。
久保川大尉は涙一つ流さず、最後までその歌を歌い続けた。そして全てを歌い終えると、あたりはシーンと静まり返った。
すると真治は一人パチパチと拍手をし出した。それに押されるかのように、あたりからパチパチと拍手が沸き起こり、やがてその拍手は大きな大きな拍手となり、鹿屋基地の講堂内に響き渡った。
8月6日。
広島に原子爆弾が投下された。
8月8日
ソビエトが日ソ中立条約を破棄し参戦。ソ連軍は満州へと進軍し、関東軍は壊滅的となる。
8月9日
長崎に2発目の原子爆弾が投下。
日本は絶体絶命の、危機的状態となる。
そして8月10日。
鹿屋基地の司令室に一本の電話がかかってきた。
「はい。はい。わかりました」
久保川大尉は至って冷静な態度で、その電話の応対をした。電話内容は、日本がポツダム宣言を受理する方向で動いたとの連絡であった。
そして久保川大尉は、その日の神風特別攻撃隊の出撃を中止した。
「来るべきときが来たか・・・みんな・・・もうすぐ行くからな」
そう言うと、久保川大尉は窓の外の飛行場の景色を見つめた。
その日の晩、久保川大尉は、真治を司令室へと呼び出した。
「大尉、どうかしましたか?」
「日本の敗戦がほぼ決まりそうだ」
「そうですか・・・」
「なあ久保川、一つ聞いていいか?」
「何でしょうか?」
「お前は俺の孫だろ?」
「・・・」
「教えてくれ」