六、66年前の手紙(第十九話)
「お前は俺の孫だろ?」
突然の久保川大尉の質問に、真治は何も言えずに黙り込んでしまった。別に隠していたわけではないが、話せばややこしいだろうと思ってずっと話さなかった。
ところが、久保川大尉から逆にその事を聞いてきたのである。
「な、なぜ・・・わかったのですか?」
「なんとなくわかった。最初に見た時にそう思った。血がつながっているから何かを感じたのだろう」
「そうなのですか・・・」
「昨日妻から手紙が届いた。子供が出来たと。だからこれから生まれてくる子供は、お前の親父にあたる。そうだろ?」
「はい・・・恐らく・・・」
「なあ、どういう子・・・いや、お前にとってどんな父親なんだ」
「ガチガチの高校教師をやっていました。でも偏屈で、何かと否定的で・・・ずっと仲が悪く。大学を卒業したら、こんな親父いやだと言って家を飛び出しました。それから13年間一度も会いませんでした」
「そうか・・・そんな事じゃ駄目だな。たとえ嫌であろうとも、親子は親子なんだからからな」
「そうですね・・・」
「生まれてくる俺の子は、きっと俺の事を恨むだろうな」
「な、何故わかるのですか?」
「子供の事もろくに考えずに、軍人としての道を歩むのだからな」
「ちょ、ちょっと待ってください。それは一体どう言う事ですか?」
「明日本官はこの鹿屋基地を出撃し、敵艦目掛けて体当たりをする」
「久保川大尉!」
「この任務についた時から、俺は死を覚悟していた。決して隊員だけを死なせはしないと。そして敗戦が決まった今、俺は一人で最後の特攻作戦を行う事にした」
「やめてください!」
「生きるも死ぬも皆一緒。その心だけで今まで戦ってきた。沢山の兵士を亡くし、俺だけが生き残る事は許されない」
「違います!あなたが死んでしまった為に、父は悲痛の戦後を歩んだのです。あなたが特攻隊で沢山の犠牲者を出したと、ご遺族の方達から非難され続けたんです。父はそれであなたを恨んでいるのです」
「・・・」
「もしも、あなたが特攻の責任を負うと言うなら、生きて下さい!そして生きてご遺族の為にご奉公をして下さい」
その言葉を聞くと、久保川大尉はぼんやりと天井を見つめた。そしてゆっくりと話し始めた。
「敗軍の将となった俺を生かさないでくれ。潔く死なせてくれ」
「久保川大尉!」
「わかってくれ」
「理解出来ません!」
そう言うと真治は、司令室を飛び出して行った。
その晩、真治はずっと眠る事が出来なかった。
感情に任せて思わず司令室を飛び出してしまった。まるで自分と父との関係のように話す機会を自ら避けてしまったのだ。
こんな事で良いのだろうか。このまま放っておくと、おじいさんである久保川大尉は、間違いなく明日出撃してしまう。しかもうらみつらみを抱いたままである。
こんな別れ方で良いのだろうか?
こんな最後で本当に良いのだろうか?
もっと話さないと駄目なんだ。
大人として納得が行くまで話し合わないと駄目なんだ。
親父を憎んで家を飛び出し、おじいさんとはロクに話もせず部屋を飛び出し、こんなんじゃ駄目なんだ。
本当は僕自身が一番自分勝手な人間だったんだ。
そんな事を思うと、真治は隊員達とともに眠る寝室を出て、飛行場へと歩いて行った。
夜の飛行場はしーんと静まり返っていた。爆撃の対象となる為、明かりは一切付けていない。ただ、夏の虫と秋の虫の混ざり合わさった声だけが辺り一面に鳴り響く。
すると月の明りに照らされた一人の男が、飛行場の真ん中に座り込んでいた。真治が恐る恐るその男に近づいて行くと、なんとその男性は久保川大尉だった。
「久保川大尉・・・」
「おう」
「さっきはすみません。いきなり飛び出したりして」
「かまわん。どうせお前には理解されない事だ」
すると真治は、久保川大尉の横に同じようにして座った。そして二人は鹿屋の美しい星空を見つめ続けた。
「久保川。お前には子供がいるのか?」
「はい、綾っていう3歳の娘がいます」
そう言うと真治は、娘の綾の写真を久保川大尉に見せた。久保川大尉はその可愛いひ孫の姿を見ると、目頭を熱くさせた。
「かわいい子だ。そうか綾って言うのか・・・俺のひ孫・・・なんて可愛いのだろう・・・なんて可愛いのだろう・・・この手で抱きたいぐらいだ・・・」
「あなたにももうすぐ子供が出来るのですよ」
真治がそう言うと、久保川大尉はゆっくりと首を横に振った。
「久保川大尉・・・」
「お願いだ。最後まで軍人でいさせてくれ」
「・・・」
「お前の親父には悪い事をしているとは思う。しかし、俺にも、お前の親父にも、そしてお前自身にも、それぞれの生き方というものがある。俺は、軍人として軍人らしく責任を果たす。それが俺の生き方だ。だからお願いだ。死んで靖国の桜とさせてくれ」
その言葉を聞くと、真治は何も言えずに黙り込んでしまった。すると久保川大尉は、真治に軍刀を手渡し「形見だ」と言って去って行った。
結局真治は、久保川大尉を引き止める事が出来なかった。
おじいちゃんには、おじいちゃんの生き方があり、親父には親父の生き方がある。そして僕にも僕なりの生き方というものがある。それは全て理解し合えるものではない。お互い人間なのだから無理な事・・・。
ただ、ほんの一部分だけを許す事が出来ずに、相手の全てを否定してしまう。それは間違っている。
本当は親父も僕も同じだったんだ。ほんの一部分だけを許せずに、相手の全てを否定していたにしか過ぎなかった。
親父から否定ばかり受け続けて憎んでいたが、一度でも僕自身が親父を尊重した事があったのだろうか?
一度も無い・・・。
おじいちゃんがこうと決めた人生。それは決して納得できなくとも、尊重をしなければいけないのではないのか。
お互いが否定ばかりし合い、尊重し合えないでいて、本当の家族と呼べるのだろうか。