フォーエバー・フレンズ -184ページ目

五、慰問曲(第十七話)

「淡谷のり子が来るらしいですよ」

ブルースの大好きな虎之助君は、思わず胸を躍らせた。

真治にとって「ものまね審査員」のイメージしかない彼女だが、この時代、淡谷のり子と言えば日本を代表するブルース歌手であった。

彼女は禁止されているパーマをかけ、華やかなドレスを着て、パワフルな声量でブルースを歌う。


美しい装いで慰問に訪れた淡谷のり子。

その歌に、鹿屋の特攻隊員は、しばし聞きほれていた。

軍歌は絶対に歌わないというのが彼女のポリシー。一見反軍と思われるだろうが、彼女は兵隊さんの為に一生懸命に歌い続けた。

それに兵隊さんからすれば、軍歌なんてもう聞き飽きていた。どうせいつかは死ぬ身。最後ぐらいは美しいブルースが聞きたいと思うものだ。


淡谷のり子の生歌を聞く事できた虎之助君はもうご満悦。

「よかった。特攻隊員になって」

そう言って笑う虎之助君を見ていると、真治はなんとなく寂しくなってきた。こんな事で、特攻隊員になれてよかっただなんて・・・。

そんな事を思いながら歩いていると、若き日の淡谷のり子が二人の前に姿を現した。

「あなたは未来から来た新聞記者なの?」

淡谷のり子にそう聞かれると、真治は思わず緊張してしまった。まさかこんな大御所に話しかけられるとは思ってもみなかった。

「そ、そうです」

「あなたの住む時代には、この戦争はもう終わっているのかしら?」

「はい。戦争はもうすぐ終わります」

「そう、よかった。もうこんな殺し合いは勘弁願いたいわ。この間なんて大分の基地で歌っていたら、歌っている最中に数人の兵隊さんが呼ばれて・・・後で聞いたら特攻隊の出撃命令だったらしいの」

真治は真剣にそう話す淡谷のり子の顔をじっと見つめた。

「これから死ぬという人に、歌ぐらい最後まで聞かせてあげればいいのに・・・未来をこんな社会にしちゃ駄目よ。新聞記者さん」

「わ、わかりました。頑張ります」

真治は淡谷のり子の迫力に、終始圧倒されてしまった。

そして「無事未来に帰れればいいわね」と言うと、淡谷のり子は去っていった。

本来なら非国民とも言うべきこの発言。しかし、彼女はどれだけ叩かれようとも、決して屈服をしなかった。

そんな気が強くて有名な彼女は、大正、昭和、平成と生き続けた。その気の強さの奥底には、心から平和を望み、また絶対に人に流されない信念というものがあった。




久保川大尉は、あれからずっと森山直太郎の『さくら』ばかり聞いていた。そして特攻機が飛び立っていくと、いつもの隊員名簿の名前を墨で塗って消してしまう。

まるでデスノートの反対版のようである。

「これで300人か・・・まあ、沢山殺したもんだな・・・」

そんな独り言を言いながら、今日もイヤホン越しに聞こえる森山直太郎の曲に耳を傾けていた。


すると、突然扉がコンコンとなった。

「入れ」

久保川大尉がそう言うと、真治が恐る恐る部屋の中へと入ってきた。

「お呼びでしょうか?」

「ああ、座れ」


久保川大尉はしばらくの間、司令室の天井を見つめていた。そして「なあ久保川」と言って話し出した。

「日本が負ける日はいつだ?」

「8月15日です。天皇陛下がラジオで国民に向けて、終戦の詔を出されます」

「そうか・・・それじゃあと3週間だな」

「あの・・・」

「なんだ?」

「特攻作戦をそろそろ中止には出来ませんか?」

「それは無理だ」

「何故ですか?日本は負けるんですよ。これ以上若者を!」

「黙れ!記者の分際で作戦に口を挟むな!」

「挟みます!私は日本国民です!」

「お前は日本人じゃない!」

「それじゃあ日本人て一体なんなのですか!」

「桜が散るような潔さ」

「桜が・・・散る・・・???」

「桜が散るような潔さをもち、仁義を重んじ、武道で自らの心身を鍛錬する。昼は勤労、夜は勉学に勤しむ。そして国家というものに誇りを持ち、自らの現世よりも、他人の後世の事を考える」

「しかし!」

「ここの隊員は、誰しもがこの戦いに負ける事を知っている。しかし、お前の意見に同調する者がいるのか?」

「いえ・・・」

「そうだろう。自らの安泰だけなぞ誰も考えてはいない。全隊員は何かの為、誰かの為に、必死の抵抗をしているのだ」

「・・・」


結局真治は、それ以上何も反論が出来なかった。真治の言っている事は一見正論にも思えるが、久保川大尉の言う通り、特攻隊員は負けるとわかっていながらも、自らの命を投げ出して戦っていた。