七、靖国の桜(第二十六話)
彼らの死は無駄だったのか?
いや、それは違うと思う。
彼らの勇気ある抵抗があったからこそ、アメリカは日本を統治不可能と判断したのだと思う。もしもそれが無ければ、きっと日本は自主権すら失っていただろう。
僕はそう信じたい。
いや、そう信じる。
そして今日の豊かさは、彼らが礎となってくれたのだと信じる。
2012年。
国の赤字国債残高は、1000兆円に達しようとしている。それは今の我々の姿の写し絵なのではないのだろうか。
自らの事しか考えない者達が将来を無視し、日本をこんな状態に陥れてしまったのではないのだろうか。
未来の為に戦った英霊達へ感謝する事を忘れた日本人。
そんな者達が、人権という二文字に胡坐をかく権利があるのだろうか。
ご先祖が築き上げた富を貪る権利が、一体何処にあると言うのだろうか。
そして建物から外へ出ると、そこには幾千もの桜の木に花が咲いていた。
美しく咲き乱れる桜の花。その光景は、まるで死んでいった特攻隊員達が笑っているかのようだった。
久保川大尉は生前「靖国の桜となる」と述べていた。真治はそんな言葉を思い出しながら、その美しき桜を見上げた。
すると背後から「久保川さん・・・」と声が聞えてきた。その声に驚き振り返ると、そこには年の頃90前ぐらいであろうか?小柄な老人が立っていた。
「久保川さんですよね・・・」
その老人はそう言って、懐かしそうな顔をした。その顔を見て真治はハッと思った。
年こそとっているが、そのうっすらと笑う表情には、あの時の面影があったのだ。
そう、間違いない。間違いなく彼は虎之助君である。
「・・・虎之助君か?」
「そうです・・・久保川さん・・・久保川さんですよね・・・」
敵戦闘機の機銃を浴びた二人。
しかしその二人は66年の歳月を経て、戦友達の眠る靖国神社で再会したのだ。
「虎之助君・・・生きてたんだね。よかった。本当によかった」
「ずっとここで待っていました。きっと靖国で会えると信じていました。あの時生きていて本当によかった。長生きしてて本当によかったです」
二人はそう言うと涙を流し、抱きしめあった。
僕はその後、小田原の蒲鉾工場に就職をした。
昼は相模湾が一望できる蒲鉾工場で働き、夜は自室で小説の執筆活動を行うようになった。
給料は決して高くない。
新聞社に勤めていた頃に比べ年収は300万程も落ちてしまい、佐智子もパートへ出て働くようになってしまった。
申し訳ないと思ったが、佐智子は「真実を隠す新聞社なんて辞めて正解」と言ってくれた。
僕はこの時、自分は本当に良き妻と出会えたんだと思い、神様に感謝をした。
毎月1回は親父が家に来て、庭の手入れをしてくれる。そしてその後は庭でバーベキュー。
住宅ローンの返済も大変だが、それでも家族はいつも笑っている事が出来た。
これ以上の幸せが一体何処にあると言うのだろうか。
幸せ。
それは、愛する人がいて、帰る家がある事だ。それを教えてくれたのは、美しき特攻隊員達であったのかもしれない。
何故僕がタイムスリップをしたのか、いまでもその理由がわからない。
おじいちゃんが、この親子3代の深い溝を埋めようと思い、僕を呼んだのだろうか?
それとも多くの特攻隊員が、現代の日本に警告を放つ為に僕を呼んだのだろうか?
結局いくら考えてもその答えが出てこないので、もう考えない事にした。
何も考えず、ひたすら彼ら英霊達に感謝の念を唱えることとしたのだ。
そしてある日、僕は小説を書き出した。
題名は『夢に消えた夏』。
別に、世に出ようと思いこの作品を書いた訳ではない。勿論そこには利益も何も無い。
ただ、後世にあの特攻隊員達の勇姿を伝える事こそが、僕の使命だと思ったからだ。
こうしてこの小説が完成した。
美しき特攻隊員達。
今から66年前、この国にはまだサムライと呼べる男達が存在していた。
そしてこの物語を、大空へと消えていった全ての英霊達に捧ぐ。
おわり