2、アル バイトー1
3人は、天井にポッカリと空いた、大きな穴を見上げていた。
「へえ、これがジュリの落ちた場所なんだ」レナは、その大きな穴をまじまじと見つめた。
するとジュリは「ごめんなさい・・・」と言って、すまなそうに恭介に謝った。
しかし恭介は、不思議そうな顔をして「君はどうして空から降ってきたの?」と聞いてきた。
「あ・・・はい・・・その・・・」ジュリがそう言って戸惑っていると、レナが「グ、グライダーやってたんだよね?」と訳の分らないフォローをした。
「あ、そうそう!グライダーやってたんです!」
「あんな真っ暗なのに???」
「夜間飛行が好きで・・・」ジュリは訳のわからない説明をしてしまった。
そして「あの・・・本当にごめんなさい・・・」と言って、再度恭介に謝った。
「いやいや、ちょうどあの位置に、天井窓を取り付けようかどうか考えていたところだったんだ。でもこれで決心がついたよ」恭介はそう言うと、ニコリと笑った。
「でも・・・」
「いいからいいから、さあ二人ともワッフルでも食べて行ってよ」そう言うと恭介は、二人の背中を押して行った。
ゴツゴツとして、一見硬そうに見えるワッフル。
しかしそれにフォークを刺すと、すんなりと入っていく柔らかさ。
外にかけられた、ブルベリーソースと生クリーム。
ジュリは、そのワッフルを口に含んでみた。
すると口全体に広がる甘みが、心を癒してくれるかのようだった。
「おいしい!」
「でしょ」レナはそう言うと、ラズベリーソースを沢山つけたワッフルを口に含んだ。
「人間界にはこんな美味しいものがあるんだ」
「しっ!人間界って言葉、NGだよ」
午後4時をむかえた『天使のワッフル』。
あたりは買い物帰りの主婦や子供達、女子大生、そして女子高生・・・。
みんながみんな、このワッフルの美味しさを味わう為、お店へと足を運んでくる。
そんな中、恭介は忙しそうにレジに立ち、お客様へ美味しいワッフルを提供する。
「レナ、これヤバイよ。ヤバうま」ジュリはひたすら『ヤバウマ』を連呼していた。
「でしょ。友達にココ教えてもらったんだ」
ジュリとレナは、大満足でそのワッフルを食べた。
「ごちそうさま」
「ありがとう。またおいで」
店長は、そう言うと二人に対してニコっと微笑んだ
その笑顔は、大人の顔の表情の中に潜む、少年のようなかわいい笑顔だった。
ジュリは思わず恭介のその笑顔に見とれてしまった。
するとその時、レジ横の一枚の貼紙に、目が行った。
『アルバイト募集 時給750円 17時~20時』
「アルバイト???」ジュリはその貼紙を見てそう言った。
すると恭介が「うん。ちょっと夕方忙しくてね。アルバイトしてみない?」と言って笑った。
その時ジュリの脳裏には、さっき渋谷で見た、黒いコートの姿がよぎった。
そして「あのコート欲しい・・・」と上の空の表情で言った。
「えっ?どうしたの?」
「あっ・・・なんでもない」
ジュリとレナは『天使のワッフル』のお店を出ると、二人して平和島の駅の方へと歩き出した。
「あの店長ってかっこいいよね。いくつなんだろ?」ジュリはふとそんな事を口にした。
「えっ?30歳ぐらいじゃない?」
「30?」
「そうだよ」
「そっかあ・・・歳離れてるんだね」
「どうしたの?店長の事好きなの?」
「えっ?ううん。別に」
「歳離れ過ぎてるし、多分相手にしてくれないよ」
「まあ、そうだよね」
「そうだ、ジュリはこの週末どうするの?天使界に帰るの?」
『天使界』その言葉を聞くと、ジュリの頭の中に突如母親の顔が浮かび上がった。
「あのクソババア・・・」
「クソババア?」
「えっ?ううん。なんでもない。私、翼を骨折してるから、治るまで帰れないんだ」
「あ、そうかあ。ジュリ、ケガしてたんだよね」
「うん。だからレナだけ天使界に帰りなよ。私、人間界の散策でもしてるよ」
そして金曜日の晩、レナは一人天使界へと帰っていった。
ジュリは寮母さんと二人、寮の居間でテレビを見てくつろいでいた。
するとテレビの音楽番組で、懐かしの歌特集が放映されていた。
『中村あゆみ 翼の折れたエンジェル』
ジュリはその歌を、じっと聴いていた。
「翼の折れたエンジェルかあ。まるで私みたい・・・」ジュリがそう言うと、寮母さんは「歌詞の意味が違う」と冷たくツッこんだ。
「ねえ、おばさんは天使界に帰らないの?」
「うん。もう20年も帰ってないよ」
「どうして帰らないの?」
すると寮母さんは黙っていた。
「ねえ、どうして?」
「うるさい」
「どうして怒るの?」ジュリがそう言うと、寮母さんは再び黙り込んだ。
そしてしばらく経つと小さな声で「重くて飛べなくなったの」と言った。
「そ、そうなんだ・・・」
場の雰囲気が、一気に気まずくなってしまった。
二人は要因こそ違うものの、お互い飛べない天使だった。