3、菜 月のレシピー4
次の日も、ジュリはバイトだった。
午後4時にジュリがお店に到着すると、恭介はいつものように「出掛けてくる」と一言だけ言って、駆け足で外出していった。
「一体、店長はいつも何処に行ってるんだろ?」
そんな事を思いながら、ジュリは厨房へと向かった。
そして『菜月のレシピノート』を開くと、早速ワッフル作りにチャレンジしてみる事にした。
「ええと、まず・・・強力粉、薄力粉、ドライトースト、メープルシュガーをボールに・・・」
そう言うとジュリは、ノートを片手に黙々と準備を進めた。
「ええと・・・バターを溶けやすいように少し柔らかくしておいて、牛乳は温める・・・ふ~ん」
そんな事を言いながら、菜月のレシピ通りにシャカシャカとボールの中の生地のもとをかき回した。
するとレジの向こうで「あの・・・」と声が聞えてきた。
「えっ」
ジュリが振り返ると、そこには今日も菜月の姿があった。
「こんにちは」
「な、菜月さん・・・」
「ジュリさん。ここはワッフルのお店だから、生地は作らなくても冷蔵庫にあると思うわ」
「あ、そうかあ・・・」
「入っていい?」
「あ、うん」
菜月は厨房へ入ってくると、冷蔵庫の中からワッフルの生地を取り出した。
そして「これをワッフルメーカーで焼くの」と言うと、その生地の塊から、3つ程ゴルフボールぐらいの大きさでちぎりとった。
「ワッフルは生地が命。そして焼くタイミングも命」
そう言うと菜月は、その生地の塊をプニプニと軽く揉んだ。
「う~ん。ちょっと違うなあ・・・今は冬だから、バターと牛乳を少し多めにした方がいいのになあ・・・」
そして菜月はワッフルメーカーで生地を焼きだした。
「今は空気が乾燥しているから、2分弱で焼き上げる。夏なら2分強。このタイミングで味が変わるの」
「へえ・・・ワッフルって奥が深いんだ」
「そう、練り物は作る人によって、全く違うものになるの。陶器と同じで、使う素材はみんな同じ。人の技が素材を大きく変えるの」
菜月はいつもと違い、今日はとても多弁であった。
そして何かに熱中するような眼差しで、ひたすらワッフルを焼き続けた。
遂に菜月お手製のワッフルが出来上がった。
ジュリはそのワッフルを口の中へ入れてみた。
「おいしい・・・」
そのあまりにもの美味しさに、驚いてしまった。
それは店長が作ったワッフルよりも、遥かに上回る味だった。
「このワッフルに、生クリームや苺、ブルーベリーなんかを挟むと、美味しいワッフルケーキが出来上がるの。でもやっぱり味の基本は生地。ワッフルはこれで差がつくの」そう言うと、菜月はニコリと微笑んだ。
午後6時。
恭介がお店に帰ってきた。
するとお店は、この時間にしては珍しく混雑していた。
ジュリは忙しそうに袋詰めをしながら「店長、早く!お客さんが待ってるよ!」と言った。
「ああ、わかった」
そう言うと恭介もレジに立ち、ジュリと一緒にワッフルの袋詰めをし始めた。
「店長、早く早く!」
「ああ!」
そしてお店が落ち着くと、二人は後片付けをし出した。
恭介が厨房の掃除をしていると、お皿に乗った一枚のワッフルを見つけた。
そしてそのワッフルを手に取って、まじまじと焼き具合を見つめると「誰が焼いたんだろ?」と言った。
恭介がワッフルを手に持っているのを見て、ジュリは慌てて厨房へとやってきた。
「店長、それは!」
「食べていいか?」
「う、うん・・・」
恭介はワッフルを口の中に入れたみた。
冷めてはいるものの、外はカリっと、中はふんわり。そして程よい甘み。
それは他でもない。
菜月の作ったワッフルの味であった。
大学時代、菜月と恭介にはまだ愛というものが存在していた。
「恭介、このワッフル私が作ったの。食べてみて」
「へえ、美味しそうだなあ・・・」
「さあさあ、食べて」
「うん」恭介はそう言うと、菜月の作ったワッフルを口に含んだ。
そして思わず「美味しい!」と叫んでしまった。
「でしょ。私、ワッフルのお店やってみたいの」
「ワッフル?それだけのお店?」
「そう、ワッフルの専門店」
そんな事を思い出しながら、恭介はモグモグとそのワッフルを食べていた。
そして厨房に置かれたそのワッフルを食べ終えると、「ジュリ、これは誰が作ったんだ?」と聞いてきた。
「ええと・・・」
「誰が作ったんだ?」
『このお店の店長には、私のことは話さないで欲しいの・・・』
そんな菜月の言葉を思い出すと、ジュリは咄嗟に嘘をついた。
「あ・・・それ、私が作った・・・」
「ジュリが作ったのか?」
「う、うん」
「本当なのか?」
「うん・・・」
そしてその晩、ジュリは部屋のベッドに寝転がりながら、ずっと考え事をしていた。
どうして菜月さんの事、店長に内緒にしなきゃいけないんだろう?
菜月さんと店長の関係って一体・・・。
「ああ!もうわからん!」
そう言うと、ジュリはベッドの上をゴロリと転がった。