5、少 年の思い出ー5
次の日、ジュリはいつものようにアルバイトをしていた。
「ジュリって本当にワッフル焼くの上手いなあ」恭介はそう言いながら、ジュリの焼いたワッフルを、口に含んでいた。
しかし当のジュリはボーッとしていた。
「おい、ジュリ」
「あ・・・なに?」
「どうしたんだよ。ボーッとしてさあ」
「ううん。なんでもない」
ジュリはそう言うと、再びワッフルを焼きだした。すると突然何かを思い出したかのように「ねえ店長、交通事故で子供死なせたら1億円ぐらい払わなきゃいけないの?」と聞いた。
「なんだよ急に」
「いいから教えてよ」
「そりゃあ、子供を死なせたら高くつくよ」
「どうして?」
「生きていた場合の推定所得ってあるだろ?例えば大学出て、就職して、それから定年までの何十年か分の所得ってのを計算するんだよ。そして精神的苦痛等を含めて賠償額を計算する。そしたら1億以上にはなるよ」
「それじゃあ、お年寄りを死なせたら?」
「もちろんお金は安くなる」
「どうして?」
「そりゃ、今後見込める所得が無いからだよ。そうやって保険会社は、人の命に値段をつけるんだ。こうやって電卓を叩いてね」
恭介はそう言って、手に持っていた電卓をジュリに見せた。
「そんなあ・・・」
命とはお金には変えられないかけがえないもの。
学校の倫理教育の授業では、誰しもがそう教わる。
しかし命の値段というのは存在する。
大学卒業ならいくら?
高校卒業ならいくら?
子供ならいくら?
お年寄りならいくら?
それはまるでクラウンとカローラ、もしくは新車と中古車の値段の違いのようだ・・・。
そして人の命はまるで減価償却のように、毎年毎年価値が下がっていく。
人の命とは、お金に変えられる物だった。
日曜日、ジュリは浮遊霊の真澄君を連れて、横浜へと向かった。
果たして真澄君のご両親に会えるだろうか?
そんな心配をしながら、ジュリは電車の窓の外に見える、多摩川の景色を見つめていた。
JR戸塚駅を降りてバスで15分。
暑中お見舞いに書かれていた住所。ナビウォークを頼りに、やっとの思いでたどり着いた場所。そこは、横浜市内にしてはかなり高額と思われる、高級マンションが聳え立っていた。
4年前まで、大森の古いアパートに住んでいた真澄君の両親の生活は、あの事故から一変していた。
ジュリは恐る恐る、入口のインターホンを押してみた。
すると「はい」と中年男性の声が、インターホン越しに聞こえてきた。
「あの・・・私、羽田っていいます。真澄君の事で・・・」
ジュリがそう言うと、通話がブチッと切れてしまった。
「あれ?切れた」
それから何度も何度もインターホンを押したが、誰も出てこなかった。
「どうなってるの?」
ジュリがそう言ってうなだれていると、横にいた真澄君が「今の、お父さんの声だよ」と言った。
「そうなの?」
「うん、間違いないよ」
「どうしよう。マンションの前で出て来るの待ってみる?」
「でもお姉ちゃん寒いでしょ?僕は幽霊だから平気だけど」
「ううん。大丈夫。コート着てるから寒くないよ」ジュリはそう言うと、真澄君にニコリと微笑んだ。
しばらくの間ジュリと真澄君は、マンションの中庭の公園のベンチに、肩を並べて座っていた。
『真澄君の事で』
それを言っただけで通話を切られてしまった。
一体真澄君のお父さんに何が起こったんだろう?
そんな事を考えていると、一組の家族連れがマンションの公園へとやってきた。
その3人の家族連れの姿を見て、真澄君は咄嗟に「お父さんだ!」と言って目を輝かせた。
「えっ?そうなの?それじゃあ、隣にいる人はお母さん?」
すると真澄君は、黙り込んで下を向いてしまった。
「どうしたの?」
「違う・・・あの人、お母さんじゃない・・・」
「えっ?」
真澄君のお父さんと、隣にいる見知らぬ女性。
そしてその二人の間には、2歳ぐらいの小さな女の子の姿があった。