7、孤高のフィギュアスケーターー3
時同じくして、レナは松涛にある松井恵理菜の自宅にいた。
角界の著名人の自宅が多く点在するこの松涛は、渋谷区にある超高級住宅地であり、美しい建物が多く立ち並ぶ。
その一角にある松井恵理菜の家は、黒を基調とした北欧風の家で、松涛の中でも際立って大きかった。
とにかく物凄いお嬢様であった事には、間違いない。
「恵理菜は子供の頃から、フィギュアスケートがとても上手くて・・・」
そう言う恵理菜の母の目は、何か生きがいをなくしてしまったような目であった。
「高校2年生の秋に、学校に迎えに行った時、いつまでたっても恵理菜が校舎から出てこなくて、それで先生に探してもらったら、体育館の地下室で首を吊って・・・」
「そうですか・・・」
「恵理菜は私のたった一つの生きがい・・・それがあんな事に・・・」
「・・・」
レナはそんな恵理菜の母の言葉を聞くと、胸を詰まらせた。
しかしその後・・・。
「恵理菜はイジメを受けていたの」
「そ、そうなんですか?」
「ううん。そうに決まってるの。それ以外にあの子が死ぬ理由なんて何処にもない」
「・・・」
「私、学校がイジメを認めるまで、恵理菜の骨をお墓には入れない。ずっと私の側に置いておくの」
「でも!」
「そうじゃないと、恵理菜は浮かばれない」
恵理菜の母はそう言って、涙を流した。
結局、頑なにそう主張する恵理菜の母親に何も言えず、レナは家を後にした。
日が段々と落ちてきた平和島。
天使のワッフルのお店の中に、ジュリと菜月は二人きり。
そしてジュリは、今日も菜月にワッフルの焼き方を伝授してもらっていた。
「ねえ、菜月さん」
ジュリはおもむろに話し出した。
「何?」
「人間て自由じゃないの?」
「基本は自由だよ」
「じゃあ、みんなどうしてがんじがらめなの?」
「う~ん・・・人間は一人で生きていけないから」
「一人で生きて行けないから?」
「そう、一人で生きて行けないから、沢山の人とともに生きて行かないといけない。だから沢山の人のしがらみの中で、がんじがらめになる。たとえ好きな事を始めても、そこに沢山の人の考えがうごめくからこそ、がんじがらめになる」
「ふ~ん・・・ねえ例えばだよ、好きなフィギュアスケートを始めたとするじゃん。そしたらがんじがらめになるの?」
ジュリのその質問に、菜月をゆっくりと頷いた。
「そう。最初は好きな気持ちだけで始めたとしても、上手くなればコーチやファンがつき、やがてはその人の為にも勝たなければいけなくなる」
「じゃあ、趣味だけでやればどう?」
「うん。趣味だけなら楽だと思う。でもね人間は趣味だけでは生きて行けないの。働かないといけないの」
「うん・・・だよね・・・」
「食べていく糧をみつけると、そこには沢山の人のしがらみがあり、そしてがんじがらめになる。これは宿命なのかも」
菜月はそう言うと、寂しげな顔で、厨房の天井を見上げた。
するとお店の入り口のセンサーがピコピコと鳴った。
「ヤバッ!店長が帰ってきた。菜月さん、隠れて・・・」
ジュリがそう言って振り返ると、菜月は既に消えていた。
「な・・・菜月さん・・・また消えちゃった・・・」ジュリはそう言って、その場に呆然とたたずんだ。
すると恭介が厨房へと入ってきた。
「ジュリ、どうした?何呆然としてるんだよ」
「う、ううん・・・なんでもない」