フォーエバー・フレンズ -137ページ目

8、たった1ミリの進歩ー1

エミが東京の街へと舞い降りてきた。




目的は・・・。



「松井恵理菜さん・・・死後7年・・・自殺者かあ・・・」エミはそう言いながら、天使界で手渡された拒否者リストを片手に、東京の空を飛び続けた。

するとその時、エミの『天使の感』が働いた。


「あ・・・いる・・・」


そして咄嗟に東京の地図帳を開いてみた。自分の天使の感の示す場所。それは田町駅前にあるスケートリンクであった。



「田町スケートリンク・・・ここかあ」

そう言って地図の位置を確認すると、エミは真夜中の東京の街へと急降下して行った。







真夜中の田町スケートリンク。

真っ暗なスケートリンクに、一人トリプルアクセルの練習をする恵理菜の姿があった。

その恵理菜の美しい3回転ジャンプに、エミは思わず見とれてしまった。

「綺麗・・・」

そしてエミは、ゆっくりとそのリンクの側へと歩いて行った。

「あの・・・」

エミのその問い掛けにも、恵理菜は聞こえないのか、ひたすら銀板の上でトリプルアクセル繰り返していた。

「あの、松井恵理菜さんだよね?あの・・・」


すると恵理菜は練習を止めて、エミを振り返った。


「松井恵理菜さんだよね?」

恵理菜はエミの姿を見ると、何も言わずにうんと頷いた。

「天使界に行きませんか?もう7年も浮遊しているんでしょ?そろそろ私と一緒に天使界へ行きませんか?」

しかし恵理菜は、その言葉を無視するかのように、練習を再開しだした。


3回転ジャンプ、連続ジャンプ・・・。

とにかく美しいその演技。

こんなフィギュアスケーターは、今の人間界には何処にもいないだろう。

そして恵理菜には、なにか近寄りがたい雰囲気というものがあった。


結局エミは、恵理菜を天使界へと連れて行く事が出来なかった。





そして翌朝、エミは大森の天使寮を訪れた。

2月の中旬の日曜日の朝、日差しがとても眩しく、その朝日の立ち込める寮の台所で、レナとジュリは朝食を摂っていた。

そんな中、突然エミがこの寮へとやってきた。

「ジュリ」

「エミちゃん。どうしたの?こんな朝早くに」

「昨日浮遊霊を迎えに行ったんだけど、失敗しちゃって。だから今夜再度チャレンジしようと思って」

「へえ、大変だね」

「ちょっと夕方まで仮眠とるから、ジュリのベッド貸して」

「いいよ」

するとレナの天使服から、一枚の紙切れがサッと落ちた。


『連行命令 松井恵理菜 死後7年 自殺者』


「あっ!」その書類を見て、レナは思わず箸を止めた。

「松井恵理菜だ・・・」ジュリもそう言って、レナと同じように箸を止めた。

「知ってるの?」

エミは二人の顔を見ると、キョトンとした表情をした。


「この人自殺者なのね。だから天使界でマークされてるの」エミはそう言うと、テーブルの上のお菓子をポリポリと食べた。

「ねえ、自殺っていけない事なの?」ジュリのその疑問に、エミは「そりゃそうよ」と言った。

「どうして?」

「天使界の法律の第32条に『自殺とは修行を怠る行為の事であり、その魂は即座に天使界へと連行し、倫理委員会にかける事を要する』と書いてあるのね」

「そんなのわかってるよ。でもなんで自殺がいけない行為なの?」

「それは・・・」

「だって誰にも迷惑かけてないじゃん。この間の人殺しの男を放置出来るのに、どうして自殺した恵理菜さんに連行命令が出るの?そんなのおかしいじゃん」

すると寮母さんがドスンドスンと足音をたててやってきた。

「あ、おばさん・・・」エミもジュリ同様に、この寮母さんの事を苦手としていた。

すると寮母さんは「天使法の法改正をしなきゃだめなんだよ」と言って、全員を見つめた。

「天使法の改正?」レナは不思議そうな顔をして、寮母さんを見つめた。

「ああ、今の世の中は昔のように人の和と言うものがない。そりゃ自殺者も増えるよ。とにかく天使法なんてのは時代にマッチしてないんだよ」

「でも・・・法律を変えるなんて私には・・・」エミが恐る恐るそういうと、またしても寮母さんの怒りが爆発した。

「うるさい!」

「ヒエッ!」3人は寮母さんのカンシャクに、思わず縮みあがってしまった。

「なに呑気な事言ってるの。今、日本だけでもどれだけ自殺者がいると思ってるんだよ?3万人だよ3万人」

「さ、3万人???」3人は驚いたように口を揃えてそう言った。

「昔は、人間というのは、家族やご近所みんなで助け合って生きていた。でも最近の自分勝手主義で、人間は一度過ちを犯してしまえば、生きる道を消されてしまう」

するとエミが反論をした

「たった一回の失敗で、自殺するなんて弱い証拠です」

「はあ???たった一回の失敗???このアマちゃんが!あんたはこの人間界でのたった一回の失敗の大きさがわかるのかい?職を失うかもしれないし、不渡りを出して破産するかもしれないし、ネカフェ難民になる事だってある。信頼を無くして、天涯孤独にだってなる。あんたはまず敗者の痛みというものを全く理解していない」

「じゃあ、おばさんは自殺は正しいというの?」

「誰も正しいとは言ってない。ただ自殺に対する天界の刑罰が強すぎると言ってるんだよ。今の社会は勝たないと生きて行けない人ばかりなんだよ。勝たないと干されるんだよ。イジメを受けるんだよ。居場所を奪われるんだよ」

結局エミは、寮母さんに言いくるめられてしまった。



自殺。


それは今日の日本の社会問題である。毎年3万人もの人達が命を自ら絶つ。

しかも、まだまだこれからの人生があるものばかりである。

人間はいつからこうなってしまったのだろう?

我々の祖先は66年前、敗戦によって焼け野原に取り残された。しかしそんな貧しく苦しい時代を、人々は懸命に生き、今日のような豊かな社会を築き上げた。

そして2011年。

国民所得は敗戦当時の何千倍にも膨れ上がり、そしてかつて蔓延っていた闇市は無くなり、街にはコンビニエンスストアが立ち並ぶ。

欲しいものが、欲しい時に買える社会。

しかしそんな中でも国民の心は病んでいた。