フォーエバー・フレンズ -133ページ目

8、たった1ミリの進歩ー5

今日も恵理菜は、真夜中の田町スケートリンクで、一生懸命演技の練習をしていた。

はあはあ・・・

そうやって息を荒げながら。

すると突然リンクに音楽が流れ出した。


『蝶々夫人』


松井恵理菜が死亡する年、彼女はこの曲をテーマ曲にして演技をしていた。


突然なったその音楽に、恵理菜はキョトンとしながらあたりを見まわすと、リンク横に一人の中年女性が立っている事に気が付いた。

それは松井恵理菜の母親だった。


「ママ・・・」


母親には恵理菜の姿は見えない。

しかし心の中で恵理菜の魂を感じ、母はひたすら目を閉じていた。


恵理菜は目に涙を浮かべた。

そしてその『蝶々夫人』の音楽に合わせて、恵理菜は演技を始めた。

そう、あの時のように・・・。


3回転ジャンプ。

ダブルルッツ、ダブルトゥーループ。

そして華麗なステップ。

それは、この世のスケーターには、真似が出来ないような美しい演技であった。


ガシッ!ガシッ!とスピンの度に氷を刻む音。

恵理菜の母は、娘のその演技を、目を閉じながら体で感じていた。

リンク上を彩るような、高速ドーナツスピン。

そして音楽の終了と同時に、恵理菜は両手を上げてフィニッシュのポーズをした。

すると母は見えない娘の姿を体で感じながら、拍手をしだし、やがてこらえていた涙が一気に溢れ出してきた。

恵理菜もそんな母の姿を見ながら、リンクの上でひたすら号泣していた。

「恵理菜・・・いるのね。そこにいるのね。恵理菜、ごめんなさい。ママ、恵理菜の変化に気付いてあげれなかった。舞い上がっていたの。恵理菜はうつ病にかかってた。なのに私はそんな恵理菜を認めることすらせずに、家に居場所を作ってあげなかった。自己満足に恵理菜を動かしてた・・・。ごめんなさい・・・。本当にごめんなさい・・・」

恵理菜の母はそう言うと、ポロポロと涙を流した。

「ママ・・・」恵理菜もそう言って、リンクの上でひたすら泣き続けた。




数日後、ジュリとレナが校庭のベンチで昼食のパンを食べていると、ふと背後から「ジュリさん、レナさん」と声が聞えてきた。

その声に気付き、二人は背後を振り返ると、なんとそこには恵理菜が立っていた。

「恵理菜さん・・・」ジュリは少し呆然としながら、その姿を見つめた。

恵理菜は黒いブレザーに、白いセーターの心聖女学院の制服姿だった。

そして少し微笑みながら「えへへ。久々に制服着ちゃった」と言うと、二人の座っていたベンチの隅にチョコンと座った。

「ねえ、この間リンクにお母さん呼んでくれたの、あなた達なんでしょ?」

恵理菜のその言葉を聞くと、二人は恥ずかしそうに「エヘヘ」と照れ笑いをした。

「ありがとう」そう言う恵理菜の表情は、何か吹っ切れていたかのような表情だった。

「私ね、きっとお母さんの為にフィギュアをやってたんだ。だからお母さんの前で演技が出来て何か吹っ切れた・・・ありがとう・・・」

「恵理菜さん・・・」

「私、あの世に行く。いつまでもこんなところで彷徨っていたらだめなんだ」

恵理菜はそう言うと、冬の青空を見上げながら微笑んだ。

するとジュリは思い立ったように「ねえ、恵理菜さん。フィギュア以外にやりたい事ってないのかな?」と聞いた。

「う~ん・・・プリクラ撮って見たいなあ。実は一度もやった事ないんだ。練習ばっかりだったから・・・」

「プリクラ?」

「うん。でも無理だよね。お化けだからカメラに写らないもんね」

するとレナが「わからないよ。ひょっとして写るかもしれないよ。だって心霊写真だってあるぐらいだもん」と元気よく言った。

「そうかなあ」

「やってみようよ!そうだ!スケートリンクの近くにゲーセンあったよ。放課後に行こうよ。そしてエミちゃんも呼ぼうよ」ジュリはそう言うと、放課後、みんなを連れてゲーセンへと向かった。


田町のゲームセンターでエミも合流すると、4人はプリクラのカメラの前で笑顔を作った。

恵理菜は少し緊張気味な笑顔で、プリクラのカメラを見つめた。

そして「こ、これでいいのかな?」と不安げにそう言うと、ジュリが「うんうん。いい笑顔だよ」と言って、シャッターボタンを押した。

そしてパシャッとシャッターが下ろされた。


ボックスの外の受け取り口に、一枚のプリクラ写真が落ちた。

するとそこには少し影が薄いながらも、しっかりと恵理菜の姿が写っていた。

「やった!大成功!」

「キャー!うれしい!」

4人は手を取り合ってその場を飛び跳ねた。

プリクラに写った恵理菜の姿。それはとても美しい姿であった。