フォーエバー・フレンズ -134ページ目

8、たった1ミリの進歩ー4

そして二人はしばらくの間、リンク横のベンチに腰掛けて喋っていた。

「ねえ、ジュリさんて天使なの?」

「ううん。天使になる前。今は見習いってとこ」

「そっかあ、天使は天使で大変なんだね」恵理菜は、笑顔を見せながらそう言った。

「ねえ、恵理菜さん聞いていい?」

「なに?」

「フィギュアスケートって楽しいの?」

そんなジュリの質問に、恵理菜は「う~ん」と言って考え込んだ。そして「楽しくないかな」と一言だけ言って笑った。

「じゃあ、どうして毎日練習ばかりしてるの?」

「う~ん・・・・」またしても恵理菜は考え込んでしまった。

すると「じゃあジュリさんはなんで天使やってるの?」と逆に質問してきた。

「それは・・・天使になるしか道がないから」ジュリは寂しげにそう言った。結局自分には天使になる事しか道が無く、ただイヤイヤ人生を歩んでいるにしかなかった。

するとその言葉を聞いて、恵理菜は「ふふふ」と笑い出した。

「な、何?なんなの?何で笑うの?」

「私も同じだから。私にもフィギュアしか道がないから」

「どうして?人間は何にでもなれるじゃん」

「ううん。フィギュアを無くした自分には何もない。それは私もジュリさんも一緒だよ」

「そうなんだ・・・」

「うん。でもフィギュアって本当に大変なんだ。だって毎日毎日同じ事するんだもん」

「毎日同じ練習をすると上手くなれるの?」

「少しだけね。でも練習しないとすぐに下手くそになってしまう。だから毎日練習するの」

「それじゃあ、下手にならない為の練習を毎日するの?」

ジュリのその質問に、恵理菜はゆっくりとうなずいた。

「いくら練習しても一ミリしか前に進めない。でも練習しなきゃあっという間に1メートル後ろまで下がってしまう。だから練習するの」

恵理菜はそう言うと、少しだけ微笑んだ。





その後、ジュリはスケート靴を借りて、恵理菜と一緒にリンクの上を滑っていた。

「ねえ、恵理菜さんは本当に自分の自殺した理由がわからないの?」

「うん・・・わからない・・・ただ、急にジャンプが出来なくなって、授業も耳に入らなくなって・・・とにかく全てが億劫になっていって・・・気が付けば自殺した。でも自分でも何で自殺したのかわからないんだ」

「そうなの・・・」

「私、多分逃げてたんだ。一ミリしか進めない自分に逃げてたんだ。弱いから死んでしまったんだ・・・でももし、やり直しが出来るなら、もう一回競技に出てみたいんだ」恵理菜はそう言うと、寂しげに笑った。






「遅い!何処行ってたの!」

寮母さんの怒鳴り声に、ジュリは驚き飛び上がった。

既に時刻は午後11時。

1時間の門限破りを犯したジュリに、寮母さんの怒りは容赦なかった。

「ご、ごめんなさい・・・」

「何処行ってたの?答えろ!」

「じ・・・実は・・・」ジュリは寮母さんの取調べに怯えながらも、恵理菜と会っていた事を打ち明けた。



その後二人は、居間でお茶を飲んでいた。

「ふ~ん・・・あの子とねえ」

「で、恵理菜さん、もう一度競技に出てみたいって言ってるの」

「そりゃ無理だよ」

「どうしたらいいのかなあ?」

「う~ん・・・恵理菜って子は何のためにフィギュアをやってたんだろう?」

「それは・・・」

「まずそれを知らないとねえ・・・」



何のためにする?

私は何のためにワッフルを焼くのかな?

そして恵理菜さんは何のためにフィギュアをやるのかな?



そんな事を考えていると、ジュリはいつの間にかベッドの中で眠りについてしまった。



そして幼き日々の夢を見ていた。



それは子供の頃、母親にホットケーキを作ってあげた時の夢だった。

幼きジュリは、顔に粉をつけながらも、一生懸命にホットケーキを作った。

母親の為に・・・。

「はい、お母さん。ホットケーキ」

「あら、ジュリは本当に料理がうまいのねえ」

「おいしいよ。食べてみて」

「うん」

母親はフォークを使って、ジュリの作ったホットケーキを口に含んだ。

「ジュリ!おいしい!」

「本当!」

「うん。とっても美味しい!」

「じゃあ、これから毎日お母さんにホットケーキ作ってあげる」



ふと目が覚めると、外が明るくなりかけていた。

時刻は午前6時。

ジュリは布団の中で目を開けると、その明るくなりかけようとする部屋の隅々を見回した。



そうだった・・・。

私は昔、お母さんにホットケーキを焼いてあげた。

それはお母さんの喜ぶ顔が見たかったからだ。

お母さんに褒めてもらいたかったから。

そしてお母さんに認めてもらいたかったから・・・。



私は人間界に来て、ワッフルというものと出会った。

それは子供の頃、かすかに残るそんな自分の記憶が、私とワッフルを出会わせてくれたんだ。

何のためにする?

それは、大好きな人に認められたいから。

そして大好き人に喜んでもらいたいから・・・。



そんな事を思っていると、ジュリはふと起き上がり、机にむかって手紙を書き出した。

宛先・・・。

それは恵理菜の母だった。



 


 松井さんへ



私は天使です。

正しく言えば、これから天使になろうとしている、見習い天使です。

今日、松井恵理菜さんのお母さんにお話したい事があり、この手紙を書きました。

7年前に死亡した恵理菜さん。

実は彼女の魂は、まだこの世の中で生きていて、この世を離れる事が出来ずにいます。

そして今日も、真夜中の田町スケートリンクで、毎日のように練習をしています。

なぜ彼女が、この世から離れないのか?

それは彼女が、きっとあなたの前で演技を見せたいと思っているからです。

彼女は、あなたの為にフィギュアをやっていたのです。

あなたの期待に応えたくて、フィギュアをやっていたのです。

2月19日の土曜日、夜11時に田町スケートリンクへ来てくれませんか?

きっと恵理菜さんはあなたの前で、演技を披露してくれます。



                           見習いの天使より





ジュリの送った匿名の手紙。

その手紙は二日後に、松井恵理菜の家へと郵送された。

そして恵理菜の母は、そのジュリの書いた手紙を開封すると、その内容をじっと見つめた。