9 、伝えたかった言葉ー1
「そう・・・私は霊なの・・・」菜月はそう言うと、寂しげな顔をして厨房の天井窓から見える冬の空を見つめた。
「それじゃ、菜月さんはもう死んだ人なの?」
ジュリのその問いかけに、菜月は首をゆっくりと横に振った。
「私は生きているの。かろうじて生きている。でも・・・死んでいるの」
「生きていて死んでいる?それってどういうこと?」
「魂だけが抜けてしまったの・・・」
菜月が寂しげにそう言うと、突然お店の入口のセンサーがピコピコと鳴りだした。そのセンサーの音に気が付き、ジュリが入口のほうを振り返ると、そこには恭介が立っていた。
「ジュリ、どうした?一人でそんなところにつっ立って」
「えっ・・・ああ・・・うん・・・」そんな事をしどろもどろに言っていると、いつの間にか菜月の姿は消えていた。
「菜月さん・・・」
お店が終わり、外の看板を片付けていると、入り口付近にいつのまにか、花束が置かれている事に気が付いた。
「何これ?」
ジュリはその花束を手に取ると、そこに一枚のメッセージが添えられている事に気が付いた。
『喜多嶋菜月さん。僕たち、私たちを助けてくれて本当にありがとう 平和島小学校一同』
「何これ?喜多嶋菜月???店長と同じ名字だ・・・」
ジュリはそう言いながら、不思議そうな顔で、その花束の中に入っていたメッセージを見つめ続けた。
次の日、ジュリはバイトの前に、平和島小学校へと向かった。
喜多嶋菜月・・・。
店長と同じ名字である菜月の名前。
昨晩、ジュリはその事を恭介に聞き出す事が出来ず、そしてこの平和島小学校へとやってきてしまった。
すると校長先生が親切に応対してくれた。
少し気品のある小学校の応接室に通されたジュリは、校長先生の話を黙って聞いていた。
「そう、3年前、ウチの学校の2年生の児童は、ちょうど品川駅で社会見学をしていたんだよ。駅員さんのお仕事の見学としてね。そしたらあの品川駅で無差別殺人事件が発生したんだよ」
「無差別殺人事件???」
「知らないの?」
「は、はい」
3年前の2月26日、品川駅構内は一人の男の異常な行動により、騒然となっていた。
無差別通り魔事件・・・。
『品川駅構内無差別通り魔殺人事件』
14時頃、男が突如品川駅構内にて日本刀を振り回して、通り行く人達を片っ端から斬りつけた。
犯人は新幹線のり口付近で警察に取り囲まれ、その場で持っていた刃物で自害。
その後犯人は、品川赤十字病院へ搬送されるも、16時頃死亡。
死者7名、重軽傷者11名。
それは戦後史に残る、最も凶悪な無差別殺傷事件となった。
「その事件と喜多嶋菜月さんとどう関係があるのですか?」
「うん。犯人の男は、品川駅にいた我校の児童を見つけると、真っ先に日本刀をもって襲い掛かってきたんだ。その時、喜多嶋菜月さんが、我校の児童を助けてくれたんだよ」
「助けた?」
「うん、そして自分が身代わりになってしまったんだ・・・」そう言うと校長先生は目頭を熱くさせ、やがて流れてきた涙を指で拭った。