9 、伝えたかった言葉ー4
次の日ジュリは、バイト先へと向かった。
ジュリは心に決めていた。今日こそ菜月の事を恭介に聞こうと。
「店長、話があるの」
「な、なんだよ急に?」
「いつも夕方何処に行っているの?」
「どうでもいいだろ」恭介はそう言うと、ワッフルを黙々と焼いた。
「菜月さんの病院に行ってるんでしょ?」ジュリがそう言うと、恭介はワッフルを焼く手をピタッと止めた。
「菜月さんに会いに行ってるんでしょ?」
「ジュリ・・・何故菜月の事を・・・」恭介は呆然とした表情でそう言った。
閉店後、ジュリがお店の片付けをしていると、恭介はジュリの側へとやってきて、一枚の写真を手渡した・
それは、カップルで腕を組みながらのツーショット写真。大学時代の恭介と菜月の姿であった。
「店長・・・それに菜月さん・・・」
「菜月はオレの妻だよ・・・」恭介は寂しげにそう言った。
「・・・」
「3年前に、品川駅の通り魔事件に巻き込まれて、脳死状態になってしまったんだ」
ジュリは手渡されたその写真をまじまじと見つめた。
「・・・店長・・・店長は菜月さんと仲が良かったの?」
すると恭介はゆっくりと首を横に振り、寂しそうな顔をしながら笑った。
「いや、ひどいもんだった。喧嘩ばかりしてたよ。このワッフルと一緒で、デコボコ同士の夫婦だった」そう言うと恭介は、一かけらのワッフルを手に取り、菜月との思い出を話し始めた。
「菜月とは大学時代から付き合っていた。ダンスサークルなんてやってさ・・・とにかく仲良くて、そして結婚した。でもその後は二人とも別々の道へと進んだ。オレは商社勤め。菜月は大好きなワッフルのお店を開きたいと言って、この店を始めた」
「じゃあ、前のオーナーって?」
「菜月だよ。この店は菜月がやっていた店だ。でも店は赤字続きで、実際はオレの給料で生活をしていたんだよ。そんな中でオレはストレスばかり貯めていったよ」
「ど、どうして?夫婦でしょ?」
「当時のオレの仕事は、とにかく利益の虫みたいな仕事でさ。会社を買収しては傘下に治めてそれからリストラして・・・軌道に乗ればまた株式市場で売るみたいな。とにかく儲けるためなら、情け無用だった。オレのやった事でどれだけの家庭が崩壊したんだろ。そんなオレから見れば、赤字経営を続ける菜月が、物凄くだらしなく見えたんだ」
ジュリはそんな恭介の話を黙って聞き続けた。
「ある日、菜月に言われたんだ。オレの仕事は人を不幸にするって・・・」
「そんな・・・」
「さすがにキレてしまって家を飛び出した。俺は菜月の為にここまで頑張ってきたのに。それから別居生活・・・オレもまだ若かったんだ。ささいな事が許せずに、ささいな事で家を飛び出してさ・・・」
「・・・」
「あの事件のあった日、菜月は麻布のオレのアパートに来るはずだったんだ。それで菜月は品川駅にいたんだよ」
「そうなの?」
すると恭介は机の下から一枚の手紙を取り出し、ジュリに見せた。
「これは?」
「あの事件の日、菜月は鞄の中にこの手紙を入れていたんだ」
愛する恭介へ
恭介、最近少しずつ暖かくなってきたよね?
元気に仕事頑張ってる?
でもあんまり無理ばかりしないでね。
恭介はただでさえ無茶する人だから・・・。
実は今日、この手紙を書いたのには理由があります。
この間私、恭介にヒドイ事を言ってしまったと思って反省してる。
恭介が人を不幸にさせるなんて言葉あんまりだよね。
恭介は以前言ってたよね。
私の為に、オレは頑張るって。
そんな恭介の気持ちも知らずに本当にごめんなさい。
そして今でも愛しています。
もし恭介に、まだ少しでも私への気持ちがあるのなら、戻ってきてほしい。
そして大学時代のように、もう一度仲良くなってやり直したい。
追伸
ワッフルをポストに入れときました。
学生時代、恭介によく作ってあげた、メープルワッフルです。
疲れた時は、甘いものが一番だよ。
菜月より
「ワッフルは、オレの部屋のポストに入れられる事はなかった・・・」恭介はそう言うと、思わず下を向いてしまった。そして寂しげな声で語り続ける。
「オレは菜月の事が本当は好きだったんだ。なのに一時の怒りだけで、家を飛び出してしまった」
「店長・・・」
「菜月は誰からも愛される人間だった。その証拠に菜月が脳死状態になると、沢山の人がやってきて涙をながした。それは今でも変わらない。オレは商社勤めでまわりにはいつも沢山の仲間がいたけど、それは業績と出世に群がる人間の集団なだけで、もしオレが死んだとしても、誰も墓参りすらこないよ。オレは決して愛される人間じゃなかった」
「・・・」
「菜月の言うとおりだったんだよ。オレは誰も幸せにする事が出来ない、悲しい人間だったんだよ」