9 、伝えたかった言葉ー5
「ただいま・・・」
ジュリはそう言うと、寂しげに階段を上がり、自分の部屋へと閉じこもった。
食欲も沸かなかった。
そしてベッドにドカッと寝転がると、黙って天井を見上げた。
人を心から愛し、沢山の命を救った菜月。本来なら天国へと召される人。
なのに天使界のわけのわからない掟で浮遊霊となっている。
脳死の魂。
それは決まり事という間に存在する、複雑な問題であった。
脳死状態の人は、みなあの世に行くことが出来ずに、この世を漂っている。
そんな事を考えていると、突如部屋をコンコンとノックする音が聞こえた。
「はい」
すると寮母さんが部屋の中へと入ってきた。
「ごめん。食欲ないんだ」ジュリがそう言うと、寮母さんは何も言わず、分厚い天使法の本を机の上にドカッと置いた。
「何それ?」
「天使法」寮母さんは無愛想にそう言うと「あんた天使法の勉強してみな。この天使法に、あんたが求めている答えが書いてある」と言って、ジュリの部屋を出て行った。
その晩ジュリは机のスタンドライトの光だけを頼りに、その天使法の本をひたすら読み続けた。
『天使法第三条 天使法の目的とは、人間界の魂の善悪に対し、公正な判断を行う為にある』
『天使法第十一条 生前に犯罪を犯した、もしくはその疑いのある魂は、死後即座に連行命令を発し、天使界へと連行しなければならない』
『天使法第十七条 天使総裁は、天使司祭立会いの天使議会において、選出される』
『天使法第十八条 天使総裁は、人間界の魂の善悪を公正に判断出来るよう、魂を天使界へ迎える環境作りをする責務がある。それを怠った総裁に対して、全ての天使は天使議会において辞任を要求する事が出来る』
『天使法第三十六条 この法律の法改正は、天使議会にて三分の二以上の可決を必要とする』
「そうか・・・そうなんだ。法律は正しい人のためにあるんだ」ジュリはそう言いながら、その天使法の法律本を読み続けた。
次の朝、さすがに昨夜何も食べていないのか、ジュリは空腹で早々と起き、台所へと向かった。すると寮母さんもレナも既に起きていて、朝食を食べていた。
「あれ?まだ6時半だよ。早くない?」ジュリが驚いたような表情でそう言うと、寮母さんは「眠れなかったんだよ」と言って、朝食をムシャムシャと食べた。
「私も」レナもそう言うと、大好きな卵かけご飯をズルズルと食べた。
「みんな一体どうしたの?」ジュリはそう言うと、冷蔵庫から卵を取り出し、朝食の準備を始めた。
すると寮母さんがジュリに「どうだい?天使法を読んでどう思った?」と聞いてきた。
「うん、法律は正しい人の為にあると思った」ジュリがそう答えると、寮母さんは「うんうん」と言ってうなずいた。
「そう、確かに法律を知る事は武器にもなる。しかし法律の本来の目的とは、決して議論の武器にする為じゃない。法律とは正しい事が報われる為にある。だからくだらない時代錯誤な法律に動かされるな。自分が正しいと思った事をどんどんと主張しな」
寮母さんのその言葉を聞いて、ジュリは決心した。そして「私、戦う」と言って、寮母さんを見つめた。
「どうやって戦うんだい?」
「どうせ法改正を要求しても議会で受け入れられない。だったら次の天使議会で、思い切って総裁の辞任を要求してみる。天使議会で総裁に辞任を要求する権利があるの」
「でも総裁はあんたの母親だろ?」
「うん。それでも戦う。正しい人が救われなきゃだめなんだよ。こんなのおかしいんだよ。天使界が今まで何もしなかったんだよ。カッコばかりつけて問題から逃げてたんだよ。私はお母さんと戦う」
寮母さんは何も言わずに、ジュリの顔を見つめ続けた。
すると今度はレナが箸を置いて「ジュリ、私も一緒に戦う。池上のようなズルイ奴はまだまだ一杯いるよ。天使は正しい事をしなきゃだめなんだよ」と言ってジュリを見つめた。
そして寮母さんを見ると「おばさん。私たち間違ってますか?」と聞いた。
その質問に対して、寮母さんは大きく首を横に振った。
「その通りだよ。事件は現場で起こっているんだよ。あんたたちがそこまで言うなら、私も協力するよ」そう言うと寮母さんはニコリとわらった。