10、熱 い想いー1
ジュリは寮のお風呂に入っていた。昭和の香りのするお風呂場。天井からは露がしたた
り落ちる。そして、温まった体で湯船から出ると、恐る恐る自分の翼をゆっくりと開いてみた。するとジュリの背中から、美しくそして大きな白い翼がサーッと開いていった。
「大丈夫。もう痛くない。これなら飛べる」
そう言うと、ジュリは何もかも踏ん切りがついたかのような顔をして、湯気の沸き立つお風呂の天井を見上げた。
レナはレナで、あれから必死に資料作りをしていた。品川区、
なんとこの日本国内だけでも、およそ3万体もの浮遊霊がいる計算になったのだ。
菜月のように脳死状態であの世に行けないもの、池上のように犯罪を犯しても捕まらずに逃げ切り、死後地獄行きを恐れてあの世行きを拒否するもの。それぞれがいろいろな事情を抱えていた。
しかし、天使界はそれをずっと放置していたのだ。この責任は重いものである。
「ジュリ、これはひどいよ。天使は仕事をしてないんだよ」レナはそう言いながら、パソコンをカタカタと操作し、パワーポイントの資料を作っていた。
「そうだね・・・」
ジュリはそう言うと、少し呆れたような顔をした。
一人一人が仕方ないとか、面倒くさい、もしくは自らの保身ばかりを考えていき、手を抜いた結果がこれだった。
すると寮母さんが、部屋の中へと入ってきた。
「あんたたち、天使議会は3月4日だよ。それまでにちゃんと資料を作るんだよ」
「うん、わかった」
3月4日の天使議会。
それは天界司祭もが出席し、次の天使総裁を決める重要な会議であった。
なんと寮母さんは、天使界の上である人、天界の司祭の前でこの事実を公表する作戦に打って出た。天使界の中でいくら騒いだって、天使総裁の力で全て決められてしまう。はっきり言って意味が無い。
今の3人に頼りなのは、天使総裁のさらに上の力であった。
しかしそんな3人の動向を、天使界は既に見抜いていた。ジュリの母、つまり天使界総裁の部屋に一枚の書類が届いた。それは諜報省からの秘密文書であった。
高度3万メートルに位置する天使界の太陽はとても眩しい。
窓ガラスから眩しい光の立ち込める総裁室で、ジュリの母は一人その書類を読み出した。
『天使界から人間界へ留学中のレナとジュリは、2月26日から今日まで人間界の浮遊霊の数の調査をしているもよう。二人は3月4日の天使議会にて、その調査内容を公の場で発表するつもりである。目的は天使総裁の失脚であると思われる』
「あの子・・・こんな事をしたらどうなると思っているの・・・」
ジュリの母はそう言うと、すぐさま卓上に置かれたベルを鳴らして秘書を呼んだ。
「はい、お呼びでしょうか?」秘書が総裁室の中へ入ってくると、ジュリの母は「ジュリとレナに、強制送還命令を出して。違法調査の疑い。従わなければ即逮捕!」と言って感情を取り乱した。
「はい!」
ついにジュリの母は、総裁権を発動した。
こんな事が、天界に知れ渡ってしまえば、天使界の信頼問題を揺るがしかねない事である。
広尾にある心聖女学院の正門からは、今日も気品のある女の子達が次々と下校していく。
そんな中、レナとジュリはその人混みに紛れながら、校門から出ると、閑静な広尾の高級住宅地の中を、肩を並べて歩いていた。
「ジュリ、いよいよ明日だね」
「そうだね。頑張ろうよ」
二人でそんな事をいいながら歩いていると、突如白い服を着た男達が二人を取り囲んだ。
「えっ?」ジュリは驚き目を見開いた。
すると一人の男が一歩前へと出てきた。
「ジュリ、レナ、お前達は天使界へ強制送還だ!命令に従わなければ逮捕する」
その男が胸に付けているバッチ。
それは『天使界特別警察』つまり天使界のシークレットサービスの証明であった。
「私達が何したって言うの!」レナは感情を荒げながら、その男達に食ってかかった。すると特別警察の男は「違法調査だ!」と言ってのけた。
「違法調査???」
「無断で人間界の調査を行った。立派な犯罪だ!」
「そんな・・・」
「したがわなければ逮捕するぞ!」
するとその瞬間、レナはか細い体ながらも、全力でその男達への体当たりを敢行した。
「ジュリ!逃げて!」
「レナ!」
「早く!!!」レナがそう叫ぶと、ジュリは咄嗟に大きく翼を広げて、大空へと舞い上がった。
「待て!」男達も翼を広げて、大空へと舞い上がった。
レナは警察に取り押さえられながらも「ジュリ!お願いだよ!」と叫んだ。
ジュリはその後、必死に東京上空を逃げ回っていた。
そして特別警察官達も「待て!貴様!」と叫びながら、ジュリを追い回し続けた。