12、春ー1
菜月は無事、天に召された。
そして東京の街には春がやってきた。
寮で昼食を食べながら、ジュリはずっと考え事をしていた。
すると寮母さんが、食堂の中へと入ってきた。
「ジュリ、留学期間は過ぎただろ?」
「うん」
「いつになったら帰るの?」
「うん・・・そうだね・・・」
ジュリはあれからずっと悩んでいた。
天使の世界に帰ろうか、帰るまいか・・・
そして昼食を食べ終えると「いってきます」と言って、アルバイト先へと向かった。
アルバイト先へ到着すると、恭介は今日も一人黙々とワッフルを焼いていた。
「店長、お疲れ様」ジュリがそう言うと、恭介は「ああ、おつかれ」と言って、いつものように黙々とワッフルを焼いた。
お店の制服に着替えると。ジュリは早速レジの前に立った。
毎日のようにやってくるお客様。
自分の開発したワッフルを買ってくれるお客様。
時には「ジュリちゃんの開発した天使のワッフル美味しい」とまで言ってくれる人までいる。
人から喜んでもらえる仕事。
美味しさとは人の心を癒してくれる。
給料は時給750円と、都内の給与水準としては決して高くはない。
でもジュリはそんな仕事に、やりがいを感じていた。
しかし、季節は春。
留学期間はとっくに過ぎてしまった。
それどころか、天使学校の卒業式の日が間近に迫っている。
そんなジュリは、毎日悩んでいた。
夜8時になると、突然恭介が「ジュリ、今日はご馳走してやるよ」と言ってきた。
「えっ?何処に行くの?」
ジュリは恭介の急なお誘いに、少し驚いた。
すると恭介は「いいとこ」と一言だけ言うと、いつものような少年の笑顔をみせた。
ジュリは寮母さんに遅くなる事を電話で告げると、そのまま恭介とともに電車に乗って出かけて行った。
「ねえ店長、何処行くの?」
「内緒」
そして二人は品川駅を降りると、そのまま山手線に乗った。
そして渋谷駅を降りると、今度は地下鉄に乗った。
これはジュリの通学と全く同じルートである。
何処行くんだろう?
そんな事を思いながら、ジュリは不思議な気持ちで、恭介についていった。
そして二人は、麻布の一軒のフランス料理店の前へとやってきた。
「ここだよ」恭介はそう言うと、お店の扉を開けてジュリを先にお店の中へと通した。
恭介はワインを飲みながら「昔菜月とよく来たんだ」と言って笑った。
「そうなんだ。素敵なお店・・・」ジュリはそう言いながら、少し緊張気味に、美しい店内を見渡した。
そして前菜がやってきた。
美しい皿の上を、野菜のカラーとドレッシングで彩る前菜。ジュリは恐る恐る、その前菜に口を付けた。
「おいしい・・・」ジュリは最初の前菜を食べて、思わずそう言ってしまった。
そして「ねえ、どうしてこんなところに連れてきたの?」と言うと、恭介は笑いながら「卒業祝い」と一言だけ言った。
「卒業祝い?」
「そう、だってもう卒業だろ?」
「ま、まあそうなんだけど・・・」
すると恭介は小さなプレゼントを、ジュリに手渡した。
「何これ?」
「プレゼントだよ。今まで一生懸命やってくれて有難う」
「えっ?」
「今まで一生懸命働いてくれたお返しだよ」
「えっ、でも私・・・」
「そろそろ田舎に帰りな」
「田舎?」
「そう、ジュリの産まれたとこ」
「・・・」ジュリは恭介のその言葉を聞いて、思わず黙り込んでしまった。
ひょっとして天使である事がばれたのか?