12、春ー2
しかし恭介はそれ以上の事は何も言わなかった。
そして優しい笑顔で話し始めた。
「オレの田舎は新潟県でさ、とにかくもの凄く雪の多いとこなんだよ」
「そうなの?」
「それで親父は、オレが中学の頃に死んで、今はお袋が一人だけ住んでる」
ジュリは恭介のそんな話を黙って聞いていた。
「高校卒業したら、こんな田舎嫌だって言って、東京の大学に通うことにしたんだよ。でも・・・」
「でも何?」
「子供って本当に残酷なんだよな。子供を大学行かせるって本当にお金がかかるんだよ。入学金から授業料まで。そんな事も知らずに、オレこんな田舎嫌だと言う理由だけで田舎を出てしまってさ・・・大学ではろくすっぽ勉強しないで、挙句の果てに合コンばかりやったりして・・・」
「・・・」
「大学出たら今度は商社勤めで、マネーゲームばかり。もらった給料のほとんどが遊び代。親に一切仕送りもしなかった。でもな・・・こんな苦労ばかりかけさせても、お袋今でもよくカップラーメンを箱詰めにして、送ってくるんだよ」
「・・・」
「30歳にもなって馬鹿みたいだろ?でもこの歳になってわかるんだ。子供を育てるって本当に大変な事なんだなって。そしていつかはお袋も死んでしまう。だから生きてるうちにちゃんとしなきゃなって思ってるんだけど、何か買ってやろうとしてもお袋は、あんたの頼りにはならない。金の無駄遣いするなって言ってさ・・・いつまでたっても親は親で、子は子さ」
ジュリはその話を聞くと、下を向いて黙り込んだ。
「ジュリ、このままお店で働いていてもいいけど、一度田舎に帰ってみて、それから考えてみな。それでもどうしてもワッフルを焼きたいのなら、帰ってきたらいい」
結局恭介は、それ以上の事は何も言わなかった。
それはまるでジュリが天使であり、そして母親とウマが合わずに、天使界を飛び出してきたのを知っていたかのような言葉であった。
そして恭介は少年のような笑顔で「プレゼント開けてみてよ」と言った。
「え、いいの?」
「うん」
ジュリは恐る恐る、恭介から手渡されたプレゼントを開いた。
すると箱の中には、白いGショックの時計が入っていた。
「大人になったら、時間のスピードはどんどんと速くなっていく。時間は有効に使わないとあっと言う間に年とるぞ」そう言うと、恭介は少年のような笑顔でニッコリと笑った。
数日後、ジュリは部屋の片付けをしていた。
渋谷で買った黒いコート、ピンクの携帯電話・・・そしてコスメセットにアクセサリー。人間界で買った品々。そんなものを手に取り、じっと見つめていた。
すると寮母さんが部屋の中へ入ってきた。
「ジュリ、決まったかい?」
ジュリは黙って黒いコートを見つめた。そして「天使界に帰る・・・」と寂しげに言った。
「そうかい。母親とは上手くやっていけそうかい?」
「わからない。ひょっとしてまた喧嘩して飛び出すかもしれない。だけど・・・」
「だけどなんだい?」
「天使も大変だけど、人間は人間で大変なんだよ。ううん、みんな大変なんだ」
「うんうん」
「でも、菜月さんや真澄君のように、私みたいな天使が沢山いてくれればいいって言ってくれる人もいた。だからやってみる」
寮母さんは、そう言うジュリの姿を黙って見つめた。
「とにかく私、頑張ってみる。頑張って天使をやってみる」
すると寮母さんは、珍しく優しい笑顔で、話し出した。
「始まりの理由なんてきれい事言っても大した意味はないよ。何事も続ける事が大切。それははとても難しい事。フィギュアもそう、ワッフルのお店もそう、そして天使もそう。たった一瞬の喜びを感じて、そしてそれをエネルギーにみんな辛い世界を毎日生きている。だからジュリ、あんたも頑張れ」
「うん。おばさん本当に有難う」
ジュリはそういうと、寮母さんに深く頭を下げた。
すると寮母さんはニッコリと笑った。
「いつでも遊びにおいで。私はいつもここにいるよ。人間界に住むあんた達のお母さんだよ」寮母さんはそう言うと、そのふっくらとした右手をジュリに差し出した。
そして二人はしっかりと握手をした。
その日の晩、ジュリは沢山の思い出を胸に、この大東京の空へと飛び立った。
そして上空から東京の街を見下ろすと「人間界のみなさん!本当に有難う!」と叫び、夜空のかなたへと消えていった・・・。