1、愛されなかった兄(4)
直哉の兄恵一は、今朝も勤務先の目黒救急病院にて診察を行っていた。恵一は当直で救急救命も行う事もあるが、専門は外科医であった。
朝の診察室は患者の出入りが激しい。そんな忙しい中でも、恵一は淡々と落ち着いて病状と処置に対しての説明をする。
「CTスキャンを見たところ、別の箇所に癌の転移がある訳でもありません。お薬が効いているのでしょう。血液検査の数値も安定しています」
パソコン画面を見ながら淡々と外来の女性患者にそう答える恵一に対して、その女性は「そうですか・・・」と寂しそうに一言。
「お薬を投与しながら様子をみましょう」
「わかりました・・・有難うございました」
そう言うと、その外来患者は診察室を去って行った。
そしてその女性が診察室を去ると、奥にいた看護婦が「あの子手術を受けさせないのですか?」と聞いてきた。
「しません」
「何故ですか?」
「治りませんから」
そう言うと恵一は、パソコンに映し出された診察カルテを見つめた。その診察カルテには先程の患者の個人情報が記載されてあった。
『岡本詩織 19歳』
次の日、直哉は久しぶりにキャンパスへとやってきた。春休みが終わり、校舎内は新入生の部活、サークル活動の勧誘でにぎわっていた。
東部工業大学で有名なのは野球部である。なんと東都大学一部リーグの強豪であり、プロへ進む者も少なくは無い。次にラグビー。関東でも5本の指に入る強豪である。
桜の花が舞い散るキャンパス。新入生達はこれからやってくる最後の青春を迎えようとしていた。
そんな時、とある部活が勧誘を行っていた。駅伝部である。
『目指せ!箱根駅伝!』
その看板を見ると、直哉は思わず立ち止まってしまった。すると背後から人の気配らしきものを感じた。
ふと背後を振り返ると、なんと数名の駅伝部員がニターと怪しげに笑みを浮かべていた。そして「入学おめでとう!」と言って、直哉の胴上げを始めてしまったのだ。
「違う違う!」直哉は宙に舞いながら、必死にそう叫んだが、陸上部員達は胴上げをやめようとはしない。
「おめでとう!!!ようこそ駅伝部へ!!!」
「違う!違う!2回生だよ」
『2回生』その言葉を聞くと部員達は「なあんだ」と言って、咄嗟に胴上げを止めてしまった。その為直哉は無残にも地面に落下してしまった。
「いたたた」
そうやって腰を押さえていると、部員の中から一人の男が出てきた。どうやらこの部のキャプテンらしい。
「まぎらわしいなあ。2回生だったら入部する気ないだろ?」キャプテンらしき男がそう言うと、直哉は「いえ・・・箱根駅伝と書いていたもので・・・」
「そうだよ。箱根駅伝さ。入部するか?」
「本当に出場できるのですか?」
「ああ、するさ。毎年箱根を目指して頑張っているんだ」
「でも、一度も出場した事ありませんよね。どうやって出場するつもりなのですか?」
「あ、ああ・・・その・・・」
「何か特別な練習でもするつもりなのですか?選手を補強したのですか?去年と同じ事やっていても勝てませんよね」
直哉は珍しくムキになってしまった。やはり寝ても覚めても長距離走が好きで、そんな思いがよぎったのか、年上のそのキャプテンを質問攻めにしてしまったのだ。
「もういい。入部しないなら、早く帰れ」
「わかりました・・・」
『目指せ!箱根駅伝』とは謳っても、本当にそうしたいなら具体的な戦略を持たないといけない。直哉にそう言われて、思わず「帰れ」と言ってしまったそのキャプテンは尾崎キャプテンと言う。
尾崎キャプテンはその後「部員集まらないなあ・・・」と言ってうな垂れていた。すると下級生の部員が「尾崎さん。俺あいつ見た事ありますよ」と言ってきた。
「バイト先か?」
「いや・・・。なんか見た事があるんです。何処かで見たような・・・」
「何だよそれ」